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Dr.若倉の目の癒やし相談室 若倉雅登

医療・健康・介護のコラム

先天性網膜分離症と自動車運転免許の基準…視力ルール見直しの視点も必要!?

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先天性網膜分離症と自動車運転免許の基準…視力ルール見直しの視点も必要!?

 眼科の教科書に掲載されている病名は200を優に超えます。もちろん、2万人に1人などといった大変まれな病気も含めての話です。

 今回はそうした病気の一つ、「先天性網膜分離症」の男性患者からの話題です。

 網膜分離とは、網膜 剥離(はくり) と1字違いですが全く違うものです。網膜剥離は、網膜がその栄養細胞である色素上皮層からはがれて、間隙に水がたまる状態です。

 一方、何らかの原因で、網膜の層状構造が崩れ、分離して構造がまばらになるのが網膜分離で、先天性と後天性がありますが、いずれもゆっくり進行します。

 30歳代男性Bさんは先天性のそれで、X染色体上に原因遺伝子があり、発症するのは男性のみの両眼性の病気です。

 生まれつきの病気ですが、子どもの頃の視力低下の程度は著しくないものが多く、「やや視力が出にくい」「小児の弱視か」などとして、しばしば正確な診断を得る機会のないまま成長します。Bさんも自動車運転免許を取得できていました。

 営業の仕事に就き、車で現場を飛び回っているうちに次第に視力が下がり、1年前に当院で上記の診断をされたのでした。この病気は、手術や薬物で回復させることはできず、彼は矯正視力が両眼とも0.3程度になり、次の免許更新が無理な状態でした。視野は正常で、信号の色もちゃんと確認できます。

 このレベルでは、まだ法律上の視覚障害者の基準には達していません。しかし自動車運転免許がないと仕事の継続はできないという中途半端な状況で、何とかならないかと相談があったのです。

 普通自動車免許の視力基準は両眼で0.7以上などとなっています。これは、昭和35年(1960年)に規定された道路交通法施行規則によるものです。

 以来、この視力基準については見直されていません。そもそも、この基準がどういう科学的根拠で決められたのかはわかりませんが、国際的にみても大変厳しい基準です。

 米国やEUは0.5が基準になっており、英国は20メートル離れたところから車のナンバープレートが読めればよいという実践的なものです(ちなみに英国のナンバープレートは日本のものより横幅が長く、大きく見やすい印象)。しかも、EUなどで日本のように数年おきに更新するような制度ではないのは、当たり前の自動車社会だからこそと思います。

 ところで、視力の基準を厳しくすれば事故が減るという短絡的な発想で果たしていいのでしょうか。この欄で何度も触れているように、視力は見え方の一面を表しているにすぎません。そこだけを厳しくするより、むしろ視野、注意力、冷静さなどの方が運転には大事かもしれません。

 日本の道路事情や自動車も昭和35年とは比較にならないほど改善され、日本も当たり前の自動車社会になって久しいと思います。また、近年は自動運転装置を始め、自動車の安全性を確保するテクノロジーもどんどん利用されています。

 私はBさんの問題に直面して、必要以上に生活や仕事の機会を奪う可能性のある現状の自動車運転免許の視力ルールを、根拠の薄いまま漫然と続けるのではなく、時代に従って見直す視点も必要なのではないかと思いました。

 (若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年、東京生まれ。80年、北里大学大学院博士課程修了。北里大学助教授を経て、2002年、井上眼科病院院長。12年4月から同病院名誉院長。NPO法人目と心の健康相談室副理事長。神経眼科、心療眼科を専門として予約診療をしているほか、講演、著作、相談室や患者会などでのボランティア活動でも活躍中。主な著書に「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、「健康は眼にきけ」「絶望からはじまる患者力」「医者で苦労する人、しない人」(以上、春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社新書)など多数。明治期の女性医師を描いた「茅花つばな流しの診療所」「蓮花谷話譚れんげだにわたん」(以上、青志社)などの小説もある。

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