アラサー目前! 自閉症の息子と父の備忘録 梅崎正直
医療・健康・介護のコラム
クリニック中が大歓声! 10年通って1本の虫歯を治すまで
「ヤッター! ついにできたね」「すごいね、洋介君」――。祝福の嵐が起こったのは、歯科のクリニックである。歯科医も歯科衛生士も大喜びだったのは、1本の虫歯を治療できるまでに、計10年に及ぶ長い道のりがあったからだ。
検診を兼ね、歯医者さんに慣れるためにと通い始めたのが、千葉県内にある大学病院。口を開けて見せることから始め、ちょっとずつ慎重に、とにかく気の長い先生だった。「洋介のペース」に合わせてくれるのは安心だったが、なにしろ通院に往復2時間半かかって診察は5分。2年かけて「糸ようじが使えるようになった」というのには参った。
そのため、同じ障害のある子の親に勧められ、片道30分ほどで通えるクリニックに転院。そこで、まさかの虫歯が見つかった。軽いものではあったが、歯を削るという大きな問題が、洋介の前に立ちはだかったのだ。

イラスト:森谷満美子
えっ、全身麻酔をするの?
もう20年以上前だが、歯科医になった同級生がわが家を訪ねてきたとき、「子どもが嫌がって治療させてくれないときはどうするんだ」と聞いたら、ふたつ返事で「ネットで巻いて、動けないようにして削る」と。それで、「親には、あなたたちがしっかり口の健康管理をしなかったから、こうなったんですよ」と説教するのだという。なるほど。その通りだが、こいつには診てもらわないと決めた。
実際、その頃の歯科は過渡期にあって、「障害のある人を拘束することなしに治療する」と掲げた地方の歯科医師グループを取材したときも、拘束する道具は手の届くところに備えてあった。特別支援学校や児童デイサービス(今の放課後等デイサービス)の仲間がどうしているのかを聞くと、障害のある子を専門に診る外来がある大学病院などに通っていたが、最終的には「全身麻酔で治療した」という人が何人かいた。なので、 口腔 ケアで通いながらも「虫歯にだけはゼッタイにしない」と固く誓い、毎日の歯磨きに余念がなかったはずなのに……。
若い歯科衛生士さんの励ましで
左下の奥歯に虫歯が見つかったのは3年ほど前だった。目を離すと、フッ素入り歯磨き粉を直接吸って叱られていたこともあって、「だから虫歯にはならないのでは?」などと勝手に納得していたが、そんなはずはなかった。クリニックでは、口を開ける、器具を入れる、患部に触らせる……と小さなステップを重ね、まさに「三歩進んで二歩さがる」という古い歌詞を体現する日々。それでも嫌がらずにクリニックへ通ったのは、歯科医の先生が洋介一人に1時間半もかけてあせらず診てくれたことと、それ以上に、同年代の優しい歯科衛生士のお姉さんが「頑張ろうね!」と手を握って励ましてくれたことのおかげだろう。そしてついに、25歳にして初の虫歯治療に成功したときには、親もクリニックの人たちも大感激だった。さあ、これで長かった歯科治療も終わり、と思ったが、そうはいかなかった。
削ることは成功したのに、それを埋めることができない。使う器具の形が注射器に似ているせいか、怖がって押しのけてしまうのだ。削った部分を埋められるまで、削った部分をそのままに、さらに3か月を要したのだった。
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