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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

治療を拒否しショック状態で運ばれた73歳男性の「最後の望み」 蘇生措置しない、と指示した医師だったが…

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 73歳男性。他院で狭心症と診断され、カテーテル治療をした。その数年後の検査で、再度、狭心症が判明。カテーテル検査や手術を勧められたが、拒否し、通院も自己中断した。その影響もあり、ショック状態で当院へ搬送されてきた。重度の心不全であった。

 IABP(心臓のポンプ機能が低下したときに循環を補う補助法の一つ。バルーンのついたカテーテルを心臓に近い大動脈に留置し、心臓の動きに合わせてバルーンを拡張・収縮させる)を挿入し、集中治療室へ入室。患者はNPPV(非侵襲的陽圧換気療法:挿管することなくマスクを介して換気を行う治療法)をつけていたが、苦しがり、装着していなかった。患者は名前を言えるものの、完全には意識がはっきりしていない状態であった。

親父が亡くなった年齢まで…

治療を拒否しショック状態で運ばれた73歳男性の「最後の望み」 蘇生措置しないと指示した医師だったが…

 なぜ患者は治療を拒否し、家族が治療を勧めても受け入れないのか。担当看護師は疑問に思い、看護師によるカンファレンスで、「重症心不全で、急変の可能性があるため、患者の治療拒否の理由や今後どうしたいのかを、意思疎通が図れる今、本人に聞いたほうがいいのでは?」と提案した。一方、同僚の看護師からは、「鎮静薬でようやく落ち着いたのに、いま声をかけるときなの?」という意見も出た。「今まで何度か、患者の意向がわからず、治療の方向性に悩んだ」と、複数の看護師が話した。そこで、患者の体調に配慮しながら、短い時間で話を聞いてみることになった。

 患者のベッドサイドで、担当看護師が「どんな思いで治療をしなかったのか」と聞くと、患者からは「同じ病気の親友が、『手術すれば元気になる』と言っていたのに、死んでしまった。だから治療をしたくない。 親父(おやじ) が亡くなった年齢(80歳)まで生きられるなら、そのためなら手術しても……」と、途中、言葉が途切れ途切れになりながらも、話してくれた。看護師はもう少し話を聞きたかったが、身体状況を考慮してそこまでにとどめた。患者はその後、感染症にかかり、敗血症ショック状態で意識レベルが下がっていった。医師は、患者の妻と娘に急変する可能性があることを説明し、同意を得て、急変時はDNAR指示(蘇生すべからず)の方針となった。

 看護スタッフは、医師によるカンファレンスの記録から、手術のような積極的治療の方向性はないと思っていたが、2日後、担当医は手術を前提として、IABPを再挿入した。担当看護師は、医師と看護スタッフ間で、今後の方向性について認識の違いが生じており、患者や家族のケアのことを考え、医師に話し合いの時間をもちたいと伝えた。カンファレンスには担当医と循環器内科医数人、看護師数人、理学療法士が参加した。

 集中治療領域で長年のキャリアのある看護師から、「この選択が、本当に患者の意向に沿っているのか悩んだ」と、語ってくれたケースです。

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大准教授(生命倫理分野)、同大公衆衛生大学院兼任准教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。

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