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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

臨床検査学を学ぶということ 新型コロナをめぐる誤解と理解

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完璧な検査は存在しない 新型コロナ抗原検査で偽陽性

  さて、完璧(かんぺき)な検査は存在しません。完璧な絶望が存在しないようにね(by 村上春樹……うそ)。どの検査にも欠点、利点はあるもので、要はそういう欠点、利点を熟知していれば、間違いのない、間違いの少ない検査の活用がなされます。

 最近、注目を集めたのは定性抗原検査です。もともと、定性抗原検査はPCRよりも感度が低く、見逃しが多いことが知られていました。ただ、結果が出るのが早いために臨床現場の「検査をやりたい!」のニーズに合致していて、これは好んで用いられていました。もっとも、いくら結果が早く返ってきても、感度の低い検査の陰性結果は感染の「除外」を意味しません。現場の安心感を醸し出す以外のなにものでもないのですが、ここでも臨床検査学の勉強不足が検査の誤用を許容しています。かわいそうなのは、間違った検査を強要されている検査技師さんです。

 最近、専門家の間で議論されるようになったのは、定性抗原検査の偽陽性の問題です。特異度の問題と言ってもいいです(ここで、感度とか特異度とかなんや?と思った方は忽那賢志先生の解説をお読みください)。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200306-00166273/

 日本感染症学会がアンケートを取ったところ、定性抗原検査の「偽陽性」が125件あったことがわかりました。これはあくまでもアンケートに答えた施設だけなので、実際にはもっと多くの偽陽性が発生しているはずです。ぼくも散見します、定性抗原検査の偽陽性問題を。

http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_survey_201027.pdf

 ただし、偽陽性があるから、もうこの検査は使えない、ということはありません。心電図にも、レントゲン写真にも偽陽性や偽陰性は発生していますが、どちらも十二分に臨床現場で「使える」検査です。使い方を知るとは、長所と欠点を知ること。検査のみならず、治療法にも適用できる、大事な教えです(ぼくはこれを研修医のときに沖縄県立中部病院感染症科にいらした喜舎場朝和先生に教わりました)。

 ところで、定量の抗原検査は大丈夫、という意見もあります。こちらはPCR検査と同じくらい感度が高くてスクリーニングにも使えて、偽陽性も起きないと。

 なぜか、臨床現場ではこのような「噂話(うわさばなし)」が伝播(でんぱ)することが多いのですが、どんな噂も裏を取るのが基本です。実際には、定量抗原検査は添付文書上のデータですら、PCR検査との不一致が起きています。PCRが正しい、という仮説を前提にすると、定量抗原検査は偽陽性も偽陰性も起こすのです(前掲「指針」の6ページ)。一般的に添付文書に採用されるデータは、非常に条件を吟味した「良いデータ」が出ることが多いので、リアルワールドでの偽陽性、偽陰性はもっとたくさん出る可能性すらあります。すでに日本の臨床現場からもそのような偽陽性事例は報告されています。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7445490/

唾液検査の「感度9割」は果たして……

  実際には、PCRだって「正しい」わけではありません。正しい検査をゴールドスタンダードなんて呼ぶことがありますが、実際にはゴールドスタンダードは存在せず、「いちおう、ゴールドスタンダードってことにしとこうね」という見なししかないのです。真のゴールドスタンダード、カント的に言えば「物自体」ということになりますが、人間には感得できないのです。

 しかし、標本データから母集団を推定できるように、ゴールドスタンダードなしでも感度や特異度を計算することは不可能ではありません。例えば、ベイズ潜在クラス分析のような推定モデルがそうです。

 このようなモデルを活用して、ゴールドスタンダード不在のままで検査の感度、特異度を推定する研究は感染症領域などでけっこう行われています。その一つが「唾液検査」でして、この研究は、「感度9割」という見出しで大々的に日本でも報じられました。

https://digital.asahi.com/articles/ASN9Y6TS3N9YIIPE01Y.html

 モデルによる推定は非常に重要な研究手法です。しかし、完璧なモデルは存在しません。完璧な絶望が……もう、いいですか。よく、スパコンによる飛沫(ひまつ)/エアロゾルがこ~んなに飛び散って、みたいなアニメが話題になりますが、あれだって、前提となるモデルや入力するパラメーターが「正しい」という前提を一応、のみ込んでおきましょう、という条件下でのモデルです。それは「起こりうる一つの可能性」を開示しますが、「実際に起きていること」かどうかは、分からないのです。

 同様に、この「唾液検査感度9割」も、一定の条件が「正しい」という仮説を前提にしたモデルであり、「そうでないシナリオ」もありえます。ぼくらはその問題を学術誌上で議論したのですが、研究者たちは別の条件下で唾液検査の感度を計算すると、感度は85%、90%信頼区間は70%から90%くらいでした。かなり乱暴にざっくり申し上げると、この計算だったら感度は70%から90%のどこかにある可能性が高く、10人いたら見逃しが1~3人となります。

https://academic.oup.com/cid/advance-article/doi/10.1093/cid/ciaa1655/5940522

https://academic.oup.com/cid/advance-article/doi/10.1093/cid/ciaa1658/5940524

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iwaken_500

岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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1件 のコメント

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実用性や出世のための作法や医学と医科学

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

マーフィーとかシャルコーとかレイノルズとか3徴5徴も覚えきれずに、学生時代のテスト前にみんなでネタをひねった記憶があります。 直接覚えるより、間...

マーフィーとかシャルコーとかレイノルズとか3徴5徴も覚えきれずに、学生時代のテスト前にみんなでネタをひねった記憶があります。
直接覚えるより、間接的なネタを経由したほうが正解に近づきやすい。
これもテストのテクニックですが、一方で、覚えやすい、使いやすい、わかりやすい、現実に即している、といったパラメータはバラバラだと思います。
お役所内でのコミュニケーションには便利でも、現実の現場を大きくマイナスに動かしてしまいかねない理論は危険ですよね。

一方で、臨床の問題は、患者も役所も一般の医師や医療者さえ、治したい事やうつらない事よりもみんなで納得したり一体感を持ちたい事情にあります。
情緒の国日本には論理的な診断を突き詰めるとロンリーになるという事情もあるのでしょう。
そうしたほうが、年功序列の意見や商業的意見を通しやすい政治的事情もあります。

その土壌づくりのために、仕組みや事例ばかり教えて、臨床でみんなで一緒に右往左往して、超長時間労働をして同じ苦労を共有したがる訳ではないかと思います。
特に、治らない疾患や治療難易度の高い疾患の場合、苦悩する医療者の姿を見て患者や家族が納得します。
それがいい悪いではなく、文化だと思った方が、違う考えの人間も日本で生きて生きやすいのではないかと思います。

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