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在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活

医療・健康・介護のコラム

体に不自由があっても、「料理する楽しみ」「生きる喜び」は続けたい

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 すっかり秋らしい気候になりましたね。

 先日、知人から新米をいただいたので、早速炊いてみました。モチモチしていてとってもおいしかったです。7月の長雨で稲の生育が心配されていましたが、農家のみなさまには感謝の気持ちでいっぱいです。旬の食材を前にしたとき、料理人の腕が鳴るのと同じように、私たちも「料理する楽しさ」を感じることがあります。私が訪問している患者さんの中にも、料理を楽しんでいる方がたくさんいらっしゃいます。中には、脊椎の病気で手が不自由な方や、脳卒中の後遺症で片 麻痺(まひ) のある方もいらっしゃいます。

おろしたての「大根おろし」が食べたい

体に不自由があっても、「料理する楽しみ」「生きる喜び」は続けたい

片手でも調理しやすいように工夫されたまな板です

 私は、通院することが困難で在宅医療を受けている方を訪問し、食事や栄養についてのアドバイスを行う仕事をしています。訪問している方の約7割は寝たきりや車いすの方なので、自分で料理をすることは難しく、食事を用意しているご家族や訪問介護をされている方に栄養指導することがほとんどです。中には、比較的要介護度が低く、障害があっても一人暮らしをされている方もいらっしゃいます。

 一人暮らしの方の買い物は主に通販を活用し、週に数回はヘルパーさんに買い物をお願いします。最近は配食弁当や冷凍食品など便利な商品が増えましたが、「味が単調で飽きる」「口に合わない」などの理由で、利用しなくなってしまう方が少なくありません。

 ある日、片麻痺のある80代の男性から「おろしたての大根おろしを焼き魚に添えたい」と言われました。スーパーにはレトルトパウチされた「大根おろし」が売られていますが、それでは大根の辛味が物足りないとおっしゃるのです。そこで、滑り止めのマットを100円ショップで購入し、天板に枠のついた木製の棚の上にマットを敷きました。その上にプラスチック製のおろし器を動かないようにセットして、枠に押し付けながら、大根を奥から手前に引いてみました。少し時間はかかりますが、しっかりと大根をおろすことができました。

 久しぶりの「新鮮な大根おろし」に「やっぱりおろしたてはうまいね!」と男性はとても喜んでいました。大根おろしで「ささやかな幸せ」が生まれた瞬間を見て、「片手調理」には単に自分の食べたいものを食べるという目的だけでなく、「望む暮らし」を実現するというもう一つの目的があることを知りました。

片手調理を助ける便利なアイテム

 先日、私も片手調理に挑戦してみました。右利きの私は、左手を後ろに回し、すべての調理作業を利き手だけで行います。もし利き手に麻痺があれば、使い慣れないほうの手で調理をしなくてはなりません。食材を切ろうとしても、野菜は転がり床に落ち、肉類は逃げて、包丁の刃が食い込みません。調べてみたら、片手調理をサポートするまな板が販売されていました。左手で食材を固定する代わりに、まな板から突き出している (くぎ) に食材を刺すことができるのです。

 他にも、包丁の柄の角度を工夫して、力が入りやすいように設計された包丁、調理用のはさみなどのほか、洗剤の容器まで、利用者の立場になって考えられた商品が豊富にあります。 (1)(2)

 便利な調理器具を活用することはもちろん大切ですが、適切に使えないと、けがをするリスクがありますので、安全面にも目配りして選んでいただきたいと思います。

カット野菜や水煮野菜、乾物なども活用して

 訪問栄養指導では、カット野菜や水煮野菜を使って「包丁いらず」の料理を指導することもよくあります。例えば、 (さば) の水煮と豚汁用の水煮野菜を使って、「鯖と根菜の煮物」を調理指導したり、ひじきや切り干し大根に水煮の大豆などを合わせてサラダにしたり。冷凍のハンバーグとカットキャベツを鍋に入れ、トマトソースとコンソメで煮込んでイタリア風にすると栄養バランスのよいおかずができます。

 缶詰も栄養指導ではよく登場するアイテムですが、缶のつまみを立てて引っ張り上げる力がないために、「買っても食べられない」と訴えていた高齢女性のことを思い出します。リウマチで手に力が入らなかったのです。レトルトパウチされた商品がもっと増えれば、高齢の方もハサミで簡単に開けられますので、調理に取り入れやすいですね。食品メーカーさんには、簡単に開封できる商品の開発をお願いしたいものです。

その日の気分で、食べたいものを食べられる喜び

 片手調理をマスターした患者さんに、なぜ自分で料理をするのかをきいてみました。

 「料理をするのは大変だけれど、その日の気分で、食べたいものを食べられる気持ちが労力を上回るからですよ」と話していました。たとえば、「寒くなってきたから、今日はおでんに」「お昼は麺にしよう」など、その日の気分で何を食べるのか選べることは、障害のある方にとっては当たり前のようで難しいのが現実です。

 もちろん、病状や環境によってはかなわないこともあるとは思いますが、料理そのものがその方の「生きる喜び」につながっていることもあります。「危ないから」「火事が心配だから」と、安易に障害のある方から料理の機会を奪ってはいないかと考えさせられました。(在宅訪問管理栄養士 塩野崎淳子)

参考文献:
  1. 高木憲司「片麻痺障害者の調理補助具について」 日本調理科学会誌Vol.48,No.4,325~327(2015)
  2. 東京ガスホームページより「片手でクッキング」冊子
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塩野崎淳子(しおのざき・じゅんこ)

 「訪問栄養サポートセンター仙台(むらた日帰り外科手術WOCクリニック内)」在宅訪問管理栄養士

 1978年、大阪府生まれ。2001年、女子栄養大学栄養学部卒。栄養士・管理栄養士・介護支援専門員。長期療養型病院勤務を経て、2010年、訪問看護ステーションの介護支援専門員(ケアマネジャー)として在宅療養者の支援を行う。現在は在宅訪問管理栄養士として活動。

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