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Dr.若倉の目の癒やし相談室 若倉雅登

医療・健康・介護のコラム

医療過誤ではなくても、経過の事実を患者と医師が共有する大切さ

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医療過誤ではなくても、経過の事実を患者と医師が共有する大切さ

 今回も、「目と心の健康相談室」での事例を紹介します。

 相談者は、4年前に受けた網膜 剥離(はくり) の治療後の医師たちの対応にずっと疑問を持ち続け、人にも言えず、引きずってきた30歳代女性Fさんです。

 相談室の名称に「心」の文字を見つけ、ここなら自分の気持ちを理解してくれるかも、と思いながらもなかなか勇気が出ず、この度ようやく電話をしてきたのでした。

 左目で上方が見えにくい「視野欠損」に気付いたのが、発端でした。左目の下方に網膜剥離があることがわかり、その地域では有名な総合病院の眼科を紹介されました。直ちに入院となり、専門の手術者を大学から招いての手術となりました。

 局所麻酔下、手術中何度も痛いことを訴え、その度に麻酔薬が追加されましたが、無事手術が終わったようでした。しかし、病室では眼痛と頭痛、 嘔吐(おうと) を繰り返し、薬のお世話になったことを記憶しています。

 翌朝、診察のためにFさんの眼帯を外した女性スタッフは驚いた顔ですぐに医師に報告に行き、Fさんは診察室に急行する事態となりました。そこで今度は、医師の方が絶句したといいます。すぐに転院の手続きがとられ、県内の大学病院へ。

 当時撮影されたMRI(磁気共鳴画像)のデータを見ますと、後ろからの血腫( 眼窩(がんか) 内血腫)で左眼球は前方に押し出されている状態でした。

 大学病院では眼圧を下げる手術、網膜剥離に対する 硝子体(しょうしたい) 手術が次々行われましたが、視力は指の動きがわかる程度まで低下しました。

 以上がFさんから聞き取ったストーリーです。

 ところが、大学病院からも最初の市中病院からも、簡単な説明だけで、なぜ左目が見えなくなったのか理解できる説明はなかったといいます。Fさんも家族も聞いてはいけない気がして、それ以上説明を求めなかったそうです。そして、4年間、気持ちが整理されずに過ぎたのです。

 私は、最初の病院に今からでも説明の時間を十分とってもらうべきだと話しました。万一それを拒否するなら、診療録の開示を求めるべきで、これは患者の権利として個人情報保護法に定められていると説明しました。また、診療録の保存は5年とされているので、急ぐ必要もあります。

 網膜剥離後に眼球の後ろで出血し、眼窩内血種となった患者の経験は私にはありませんが、絶対起こりえない事態ではありません。これは、不運ではありますが不可抗力的な面が大きく、医療過誤とは異なると考えました。でも、だからといって経緯の説明が主治医から十分なされないまま、つまり納得できないままであれば、今後Fさんが失明に近い左目を抱えて生きてゆく力はなかなかわいてこないでしょう。

 医師ならば、思うような結果が得られなかった経験は山ほどあり、重大な帰結に至った苦い体験を持つ医師もいるはずです。その時、医療過誤だと思われては大変という心理が必ず働きますが、それでも担当医が逃げずに説明しなければ患者の受容は決して起こらないのです。

 不可抗力と隣り合わせにある医療行為。賠償ではなく医療行為への補償制度が日本にも育ってもらいたいと、以前から私は感じています。

 (若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年、東京生まれ。80年、北里大学大学院博士課程修了。北里大学助教授を経て、2002年、井上眼科病院院長。12年4月から同病院名誉院長。NPO法人目と心の健康相談室副理事長。神経眼科、心療眼科を専門として予約診療をしているほか、講演、著作、相談室や患者会などでのボランティア活動でも活躍中。主な著書に「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、「健康は眼にきけ」「絶望からはじまる患者力」「医者で苦労する人、しない人」(以上、春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社新書)など多数。明治期の女性医師を描いた「茅花つばな流しの診療所」「蓮花谷話譚れんげだにわたん」(以上、青志社)などの小説もある。

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