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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

新型コロナ対策 財政出動から見えてくるもの

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日常的な取り組み不足の裏返し?

 さて、問題は「なぜ、そうなのか」です。

 コロナ対策での緊急財政出動は、主に感染対策にかかるコストと、コロナ周辺の感染対策以外のコストの2種類に分けられるものと思います。前者は医療機関の整備やPCR検査のキャパシティー・ビルディング、あるいはいわゆる「アベノマスク」なども含まれるでしょうし、後者については皆に配られた給付金や「Go To」の一連のキャンペーンのコストなどが入るかもしれません。

 このことは、日本政府の新型コロナウイルス感染症に対する真剣な取り組みの姿勢、と解釈することもできるでしょう。医療崩壊を防ぎたい、経済を回して国民が困窮しないようにしたい、といった願いです。日本政府は本気で日本国民と日本国のために全力を尽くしていた。緊急財政出動が世界ダントツなのはその態度の表れだとぼくは思います。

 その一方、こういう解釈も可能だと思います。日本政府はこれまで感染症の驚異をナメてかかっていた。さほど真剣に取り組まなくてもなんとかなるだろうと甘く見ていた。平時に感染症対策のキャパシティー・ビルディングを怠り、いざというときの備えを怠り、人員の配置や育成を怠り、医療機関やベッドの準備、PCR検査や防護服といった物資の備えを怠ってきた。

 普段の準備が足りなかったから、いざというときにあれが足りない、これが足りないとなるわけです。世界のどの国よりも緊急の財政出動をしなければならない、というのは、言い換えるならば平時の準備が世界一足りなかったということでもあるのです。

PCR検査数 単純な比較はできない

 前掲の論文では、9か国・地域のPCR検査数の比較も行われています。Figure S2がそれで、各国・地域の時系列での人口1000人当たりのPCR検査数を表示しています。

 PCR検査には文脈が必要です。PCR検査は感染増加があると増やさねばならず、感染が起きていないときは減らしても構いません。だから、その「文脈」を無視してPCR検査が多いとか少ないとか単純に論じるのは、臨床感染症学の知識がない「素人」です。テレビのワイドショーとかに出ている「感染症に詳しい人」の多くは、そういう「素人」に属するとぼくは思います。誠に申し訳ないけど。例の「世田谷モデル」もそうした文脈を無視した素人芸でした。

https://news.yahoo.co.jp/articles/e087717933b69daf10c2e7128620da1aac571e38

 Figure S2を見ると、8月以降ヨーロッパ各国でPCR検査数が急増しているのが分かります。夏のバカンスシーズン以降、感染者が増加しているためです。よって「ドイツではPCR検査数はこうなっている」と単純に論じることができないことはすぐに分かります。ドイツでもイギリスでも、状況に応じて検査数は変化しているからです。

 韓国と日本を比べると、PCR検査数にはほとんど差がないことが分かります。どちらも、他の国に比べるとずっと少ない。ただし、韓国では現在ほとんど感染者が発生していませんが、日本では「第2波」以降各地で感染者が発生し続けています。よって、韓国と日本では感染状況に対する検査の戦略が全然違うのです。日本はPCR検査を抑制的に行っており、韓国は日本よりも検査に積極的です。たとえ両国の「検査数」が同じであっても、です。

 中国がSARSで、韓国がMERSで苦しめられ、感染対策に本腰を入れていたとき、日本ではラッキーにもどちらの感染症も発生しませんでした。2009年の「新型」インフルエンザも想定よりずっと小さな問題で終わりました。感染症のプロたちはしかし、次々と発見される新しい感染症の出現を警戒し、注意を喚起し、日本版CDCの創設や感染対策キャパシティーの強化を主張しましたが、日本政府はこれをずっと無視してきました。

 https://diamond.jp/articles/-/240916

 自民党政権も、民主党政権も、そして厚生労働省もです。そうやって手抜きをしてきた「ツケ」を今払わされているわけで、それが現在の日本の世界最大規模の財政出動の正体です。

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iwaken_500

岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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1件 のコメント

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金やサービスがいきわたれば問題ないが・・

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

公的指導で、かかりつけ医や保健所にコロナ患者の処理が向かいそうですが、単に一般人がみんなが納得しそうな答えが浮かび上がってきた感じはします。 新...

公的指導で、かかりつけ医や保健所にコロナ患者の処理が向かいそうですが、単に一般人がみんなが納得しそうな答えが浮かび上がってきた感じはします。
新型コロナウイルスの問題は、発熱やその他の症状の原因に新型コロナウイルスが全体或いは部分的に関与した患者の出現であり、既存の小規模機関の役割はPCR拠点くらいで、むしろ新たな動線や器材や人材の強化など感染症対策、医療全般およびインフラ全般への包括的な補強が必要になると思います。
CDCもそうですが、特に地方には、立地も含めて複数の拠点に分散するリスクヘッジのシステムが必要になると思います。
またそれらは新型コロナウイルスだけでなく、今後の他のパンデミックに備える意味でも重要だと思います。

ベクテルの秘密ファイルという本を最近読みましたが、上位権力の癒着は政教分離と同じく一定の歯止めを作っても止めきれない部分があります。
それは人間だから仕方ないのかもしれませんが、必要なところにもお金や労力は流してほしい気もします。
感染症はこちらの都合で動いてくれませんし、バイオテロ対策や災害対策も合わせて大事になってきます。

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