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森本昌宏「痛みの医学事典」

医療・健康・介護のコラム

ベトナム戦争で重傷の米兵ほど痛みが少なかった理由

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痛みを左右する「悲嘆の度合い」

 痛みの強さは、その人が置かれている状況にも左右される。ベトナム戦争当時の米軍の研究では、前線の兵士が戦傷を負って病院に担ぎ込まれた場合、重傷であれば痛みをほとんど訴えないが、軽傷だと訴えが大きかったとするデータがある。これは、重傷だと名誉の負傷として前線から離脱できるが、軽傷では簡単な治療の後に再び前線に送り出されるからだと見られている。つまり、悲嘆の度合いは軽傷の方が大きかったため、それに伴って感じる痛みも強くなったのだ。デカルトが唱えた「教会の鐘理論」(刺激の強さと痛みの強さは比例するという考え方)に反する結果だった。

 「太平記・正成兄弟討死事」には、「腹を切らん為に (よろい) を脱いでわが身を見るに、 切疵(きりきず) 十一個所までぞ負ふたりける」とある。ここでも傷の程度と痛みの強さは必ずしも一致せず、戦場にあっては、さほど痛みを感じないことが表現されている。このように痛みの感じ方は、その方が置かれている状況、その時の感情によっても大きく変化する。“痛みは気から”なのである。

痛みが気に影響することも

 痛みがあると気が短くなり、イライラして少しのことでも (かん) に障って、他人に八つ当たりをしてしまう。このことは、先に述べた感情の痛みへの影響とは逆に、痛みの存在によって感情が障害される事実を示している。

 痛み情報は末梢神経から脊髄を経由して大脳皮質に届けられるが、この際、同時に大脳辺縁系(脳の一部で、感情、欲求などにも関わることから“情動脳”とも呼ばれている)に悪影響を与える。その結果、感情に変化が起こり、不安を生じるのである。さらには、不安が痛みを増幅するので厄介だ。痛みは気からとは逆に、痛みが“気”(感情)を障害することだってあるのだ。

 痛みと付き合うには、“知らぬ顔の半兵衛”を決め込むことも必要である。慢性痛を抱えておられる貴方、モルヒネ様物質の分泌を期待してマラソンでも始めてみますか?(森本昌宏 麻酔科医)

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森本 昌宏(もりもと・まさひろ)

 大阪なんばクリニック本部長・痛みの治療センター長。
 1989年、大阪医科大学大学院修了。医学博士。同大学講師などを経て、2010年、近畿大学医学部麻酔科教授。19年4月から現職。日本ペインクリニック学会専門医、名誉会員。日本東洋医学会指導医。著書に『ペインクリニックと東洋医学』『痛いところに手が届く本』ほか多数。現在、大阪市北区の祐斎堂森本クリニックでも診療中。

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