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Dr.若倉の目の癒やし相談室 若倉雅登

医療・健康・介護のコラム

「眼科視力」と「生活視力」はまったく違う…視覚障害者の判定に不公平が生まれる

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「眼科視力」と「生活視力」はまったく違う…視覚障害者の判定に不公平が生まれる

 40歳代の女性Sさんは半年前に両眼の視神経炎にかかり、両目の視力は0.1を切りました。入院を繰り返しながら治療したものの重篤な後遺症が残り、これまでしてきた事務の仕事は続けることができない状態になりました。

 筆者が神経眼科の専門家だということで、もう少し何とか治す方法はないのかと、外来にやってきたのです。

 治療はすでに終了しており、矯正視力は右目が0.04、左目は0.5です。

 「左目は0.03が0.5になったのだから、治療は成功した。0.5なら別に生活に困らないでしょう。仕事も文字を拡大すれば見えるでしょう」

 こう前の医師に言われたそうです。しかし、治療によって若干明るくはなったものの、見え方の不自由さは治療前とほとんど変わらないと本人は言います。

 0.5は、新聞記事の文字を認識できる程度の視力に相当することになっており、前の医師の言うこともまんざら否定はできません。

 では、どうして2人の間の受け止め方に食い違いが見られるのでしょう。

 ここで、視力のことをもう一度考え直してみます。眼科で測定する矯正視力は、近視や乱視をその目に合わせて矯正(すなわち適切な眼鏡を装用)したあと、最良の視力を出すことになっています。しかも、視力検査の視標は、アルファベットの「C」のような形のランドルト環で、その分離している向きを当てるというやり方です。

 ここで大事なのは、眼科で測るこの視力は、見え方全体を表しているのではないということです。示されたランドルト環さえ探し出せれば、その周囲にあるものは見えなくてもいいし、見つけ出されたランドルト環が薄かろうが、ゆがんでいようが、ぼんやりしていようが、分離している方向さえわかれば、合格なのです。

 Sさんの左目の場合、視野検査で見えている範囲の感度分布(部分部分の視力に相当)を測ってみると、見ようとして注視する中心部位一帯の感度は著しく低下し、視野用語でいえば「大きな中心暗点」を示しています。おそらくその暗点のどこかに、針穴程度のわずかに感度がよい部分があり、その部分でうまく視力の視標を見つけられたので、0.5という視力が測定できたものと考えられます。

 その視標は、顔を傾けたり、動かしたり、目を動かしたり、瞬きを繰り返すうちに、たまたま見つけられたにすぎないのです、眼科医や眼科の検査員は、そのようにして時間をかけても最良の視力を得ることが仕事だと心得ています。しかし、そうして得た視力は果たして生活の中で使えているのでしょうか。

 仮に一瞬、新聞記事の文字が1字だけ見えたとしても、周囲は見えないのですから、文章を読むことはまずできないでしょう。

 視覚障害に関する法律は、あくまで眼科で測定された最良の視力を基準に判定されることになっており、Sさんのような場合ははなはだ不合理な扱いとなります。

 障害かどうかを判定する検査は、眼科で測定する視力ではなく、生活上での見え方、実効性のある見え方を考慮した基準が編み出されないと、視覚障害者判定に不公平が生まれるでしょう。

 (若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年、東京生まれ。80年、北里大学大学院博士課程修了。北里大学助教授を経て、2002年、井上眼科病院院長。12年4月から同病院名誉院長。NPO法人目と心の健康相談室副理事長。神経眼科、心療眼科を専門として予約診療をしているほか、講演、著作、相談室や患者会などでのボランティア活動でも活躍中。主な著書に「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、「健康は眼にきけ」「絶望からはじまる患者力」「医者で苦労する人、しない人」(以上、春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社新書)など多数。明治期の女性医師を描いた「茅花つばな流しの診療所」「蓮花谷話譚れんげだにわたん」(以上、青志社)などの小説もある。

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