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食べること 生きること~歯医者と地域と食支援 五島朋幸

医療・健康・介護のコラム

胃ろうになっても、ひとさじの幸せを味わう……食事支援にできること

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 新型コロナウイルスによって、大きな社会の変化が生まれています。訪問歯科は、体が弱って自分で受診することができない高齢者を対象にすることがほとんど。感染すると重症化リスクが高い方たちです。戦々恐々とした時期もありましたが、感染対策を考えて診療を続けてきました。感染の広がりや収束、再拡大と、この半年はまるでジェットコースター。これまで、一人でも多くの方に「最期まで口から食べる」ための支援をしようと突っ走ってきましたが、少し立ち止まって、考え直す機会にもなりました。

スプーンひとさじの喜び

胃ろうにしても、ひとさじの幸せを味わう……食事支援にできること

 訪問歯科の診療を通して、いろいろな経験を積み重ねてきました。スプーンひとさじのゼリーを口から食べて、「うめぇ……」と満足そうにつぶやく方、口から食べるようになって表情に活気が出たり、寝たきりだった方が起き上がったりするようになった……。そんな経験を通して、口から食べるための支援の意義を実感してきました。歯科医がかみ合わせや飲み込みの様子を見て、栄養士が好みに合わせて食べやすい食事の形を考える。医師や看護師、福祉機器の専門家ともチームを組んで、食事の支援に取り組んでいます。

 しかし、まだまだ食事支援の意味が、医療者にも患者やご家族にも届いていない、とも感じています。もっと社会に丁寧に説明しなければならないことが多くあることに気づきました。

誤嚥性肺炎で食事を止められる人は多いが…

 僕が主催する「最期まで口から食べられる街づくりフォーラム」というところに、ゲストとして高名な医師をお呼びしようとオファーしました。すると、その先生から「僕は最期まで食べることだけがいいとは思っていない」というつれない返事で断られてしまいました。

 高齢者では 誤嚥(ごえん) 性肺炎の患者さんがとても多いのですが、「口から食べるのは誤嚥のリスクが高い」と医師に口から食べることを止められることがよくあります。エックス線検査で飲み込む様子を見て、食べたものがのどにたまったりしていると、「口から食べるのは難しい」と診断されます。そう言われると、患者も家族も「もう無理か」と諦めてしまうでしょう。

食べられるかどうかには、専門家の経験による判断も

 確かに病気が進むと、どこかで口から食べられなくなる時期が来ます。死の間際まで食べられる人もいますし、病状が進行して途中で食べられなくなることもあります。病気の種類によって、どの程度まで口から食べられるのかは、ある程度傾向としてわかっています。判断材料のひとつはエックス線などの検査ですが、実は、患者さんの表情や言葉が出るかどうかといった様子、本人の「食べたい」という意欲など、口から食べられるかどうかについては、医学的な検査だけではわからない様々なことが判断の材料になります。20年以上やっていて、そういうことがわかってきました。ですから、本人の病状が許す限り、本人の気力がある限り、本人の意欲が残っている限り、口から食べられる環境を作って口から食べてもらおうというのが僕たちの仕事です。

胃ろうも利用の仕方で人生を楽しむ役に立つ

 欧米などでは「口から食べられなくなったら人生は終わり」という考え方もあるようです。胃ろうや血管に栄養を入れるような医療措置で延命できますが、それをやめて、自然な死を迎えるという考え方です。最近、「人生会議」の名称で、終末期について医療者や家族などと話し合っておくように推奨されています。その中で、「私はチューブを入れてまで生きたくない」などという方も多く見受けられます。

 しかし、食事の支援をしている訪問歯科医としては、別の提案をしたいと思うのです。胃ろうのような経管栄養で栄養を確保しながら、楽しみとして少しずつでも口から食べて穏やかな日を送るというのはどうでしょうか。僕も訪問歯科の現場で、そのような方を多く見てきました。チューブを入れると、口から食べるのは終わりと考えてしまうかもしれません。実際は、そうではなく、「できるだけ口から食べてほしい」という姿勢で支援する医療チームのサポートがあれば、栄養としての食だけではなく、人生の喜びとしての食事を続けることができるのです。一日、たったひとさじの食事でも喜びになるのです。

 生きることも食べることも、「all or nothing」ではありません。口から食べるか食べないかの選択だけではないのです。(五島朋幸 歯科医)

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五島朋幸(ごとう・ともゆき)

歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表(東京都新宿区)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。新宿食支援研究会代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」、「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」パーソナリティーを務める。 著書は、「訪問歯科ドクターごとう1 歯医者が家にやって来る!?」(大隅書店)、「口腔ケア○と×」(中央法規出版)、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」(大隅書店)など

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