鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
医療・健康・介護のコラム
胎児に全前脳胞症の診断 中絶を選んだ妊婦が明かした「絶対に人に言ってはいけないこと」
「その言葉は私の中にしまいますね」
4時間くらいの間、1~2分ごとに痛みがやってくる状況が続いた後、破水して人工流産に至りました。処置後、妊婦はしばらく赤ちゃんを抱っこし、家族と似ている所を探して過ごしていました。赤ちゃんが一時、 分娩 室から出て、助産師が妊婦への処置をしている時、「これは絶対に人に言ってはいけないと思っていたんだけど、言ってもいい?」と妊婦が聞いたので、何かと尋ねると、「死にたい」と言って涙を流したそうです。
助産師は、今まで妊婦が語ってくれた思いから、「死にたいくらい、自分を責める気持ちでいるのだ」というメッセージだと受け取り、しばらく体をさすって、「その言葉は私の中にしまいますね」と伝えました。
流産後、母体の異常出血がないか、2時間程度、分娩室で経過を観察し、身体を清潔にしたりしていました。本人の希望があり、病室に戻るまで赤ちゃんと添い寝をして過ごしました。「こんなことをする私は、病院の人にもっと冷たくされると思っていた。『痛いのなんて一人で耐えろ』と言われると思っていた。でもみんな優しかった。ありがとう」と言い、病室へ戻ったそうです。それから、赤ちゃんのためにしてあげられることを一緒に考え、在胎12週以降の死産児には火葬が必要のため、折り紙でつくったおもちゃを棺に収めることになりました。
静かに忍耐強く応答し続けること
前回のコラム で取り上げた、出生と 看取 りを同時に経験したカップルのケースでは、赤ちゃんの死は避けられませんでした。今回は、カップルの選択によって妊娠が中断されたケースです。臨床における妊娠の中断の経緯は、一様ではありません。助産師は、このケースのようにカップルの選択で妊娠を中断する場合、予期的な悲嘆のプロセスをたどっている分、現実を受け入れたり、割り切った気持ちになっていたりする場合が多いと、経験上から考えていたそうです。しかし、このケースを通して、「選択的な妊娠の中断に関して自らを責める気持ちが痛切な場合、ケアのニーズはむしろ高いと感じた」と語ってくれました。
私が看護師や助産師の教育に携わるようになって知ったことですが、基礎教育の中では、中絶を経験した女性の心理やその背景、ケアのあり方について学ぶ機会は多くありません。しかし、実際の臨床現場では中絶の処置にかかわることもあります。この助産師は、新人の頃、中絶の処置で胎児の命が失われてしまうのを前にして、「何のために助産師になったのか」という思いがかけ巡り、つらく悲しい経験であったと語ってくれました。しかし、経験を積むにつれ、様々な経緯で中絶をする女性自身の経験に目が向き、どのような支えが必要かを考えていったと言います。この助産師の妊婦へのアプローチから、「静かに忍耐強く応答し続けること」、それがまさにケアであると改めて考えさせられました。(鶴若麻理 聖路加国際大准教授)
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