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ピック病(認知症)介護『父と私の事件簿』

医療・健康・介護のコラム

認知症の父を襲ったコロナ禍の「入れ歯問題」 2か月半の苦闘の結末は…

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歯根の除去も避けられた!

 懸案だった嚥下障害の専門外来は、2回目の予約は古い入れ歯が戻ってきた直後だったのでキャンセル。その1か月後、再びに行くことになっていた。

 古い入れ歯のリフレッシュで調子がよさそうなので、残っている歯根の除去はしなくていいのではと思いながらも、時々、父がむせこむと「やっぱりだめかな」とも思う。何より「誤嚥」した時、「行っておけばよかった」と嫌な気持ちになるのが怖くて、少々面倒ではあったが行くことにした。

 今回は緊急事態宣言中にはできなかった内視鏡検査を受け、リフレッシュした入れ歯でかめているかを診てもらうことに。病院に着くと高齢者で待合室が混んでおり、嚥下障害に悩む人が多いことがうかがえる。この日も大学病院から来た嚥下障害の専門医、地元の医師たち、栄養士……と多くのスタッフがいて、とても丁寧に話を聞いてくれた。歯科医が「抜歯はその後の負担もあるから、できればしないですむといいけど、お父さんがかめるようにするのが第一。この間、古い入れ歯は全然合ってなかったからなぁ」と言うので、「あれからメンテナンスしたら、すごくよくなったみたいなんです」と話すと、歯科医は首をかしげながら診察室へ行った。しばらく待っていると、その歯科医が、「かめてる。直した入れ歯でそこそこかめてるよ。地元の先生、よくやってくれたね」とうれしそうに言う。

  安堵(あんど) の一言である。そして内視鏡検査を一緒に見るため、私も診察室へ同行。父の鼻から内視鏡が入り、食事をするときの喉の状態が画面に映し出される。持参したごはんを食べているのだが、ごはん粒はあまりかめていないように見えたものの、喉頭から食道のほうに、食べ物が正しく通過していくのが見えた。

 「お米は普通の人でもかみ方はあんなもの。誤嚥せずにちゃんと食べられているし、飲み込む力もこの年齢にしてはちゃんとある。これならこのままでいいよ」と医師が言った。よかった~。いくら医学的には正しくても、12本の歯根の除去という処置はリスクが大きい気がして気が進まず、ずっと悩んでいたのだ。

 このところ、「もう大丈夫じゃないか」とは思っていたが、医師のお墨付きがあると心の安定がまったく違う。「また、げほげほが多くなったら、いつでもいらっしゃい。防止の体操などもありますから」と言いながら、内視鏡検査をしてくれた大学病院の先生が「お父さんがんばったので、今日はやさしくしてあげてください」と私に笑顔を向ける。が、その瞬間、視界に待合室から外に一人で出て行こうとする父の姿が……。「先生、それは無理!」と、私は走って追いつき、「勝手に出ないで! まだ終わってないから」とどなって洋服をつかんで引き戻した。

珍しく円満に解決

 今回の一件では、実感したことが多い。「高齢者の場合、新しい入れ歯は口に合わせるのが難しく、認知症ならなおさら」ということ、「人間は歯茎でも食べられて、その条件にあう食べ物が世の中にはたくさんある」ということ、そして、「高齢になるとできないことが増えてくる。できるうちに対処しておかないといけない」など。

 約2か月半の苦闘を経て、父の入れ歯事件は珍しく円満に解決したのであった。日々、「いつでも来ていいよ」と父の入れ歯の調整をしてくれた地元の先生、そしてコロナ禍でリスクのある内視鏡検査を実施し、丁寧に話を聞いてくれた嚥下障害の外来のスタッフの方たちに感謝である。(田中亜紀子 ライター)

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田中亜紀子(たなか・あきこ)
 1963年神奈川県鎌倉市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後、OLを経て、ライター。女性のライフスタイルや、仕事について取材・執筆。女性誌・総合誌などでは、芸能人・文化人のロングインタビューなども手がける。著書に「満足できない女たち アラフォーは何を求めているのか」(PHP新書)、「39.9歳お気楽シングル終焉記」(WAVE出版)。2020年5月、新著「お父さんは認知症 父と娘の事件簿」(中公新書ラクレ)を出版。

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