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リングドクター・富家孝の「死を想え」

医療・健康・介護のコラム

ALS患者の嘱託殺人事件から、「死ぬ権利」「安楽死」について考える

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尊厳死の議論は続いてきたが……

 日本では、これまで尊厳死に関しての議論がずっと続いてきました。尊厳死というのは、自分の意思で延命治療を控えたり、中止したりして死を選ぶこと。薬物を投与して積極的に命を終える安楽死とは異なりますが、尊厳死の延長線上に安楽死があると言えます。

 欧米では口から食べられなくなったら、ゆるやかに死を準備するという考え方があります。一方、日本では、食べられなくなったら「胃ろう」で栄養を取り、「人工呼吸器」で呼吸を維持し、「人工透析」で腎臓の代わりをさせる……という形で医療機器を総動員し、徹底して生かすことに注力してきました。この三つのどれかを止めれば、死が訪れますが、それを止めることは医師の判断ではできません。家族が判断するのも難しいでしょう。本人にしか決められません。

 終末期でも意識が明確なら、こうした治療を自分で拒否することはできます。しかし、意思表示が難しくなる時も来ます。そうなる前に十分に家族や医療者と話をしておかないと、どんなに苦しくとも、患者は生かされ続けることになるのです。この事件で亡くなったALS患者も生かされる苦痛をSNSで発信していました。尊厳死を実現しようということで、本人と家族、医療者がよく話し合っておく「人生会議」を厚労省も推奨しています。

安楽死が許容される基準は?

 1995年に東海大医学部付属病院で起きた安楽死事件では、末期がんの患者に担当医が薬物を投与して患者が死亡し、医師が殺人罪に問われました。この判決では、安楽死が許される要件4点を示しました。その4点とは、(1)耐えがたい肉体的苦痛がある(2)死期が迫っている(3)肉体的苦痛を除去する他の方法がない(4)患者の明らかな意思表示がある……です。

 私は、この4点では、医療現場の実態に合わないと思います。本人の意思に基づいて、死期が迫っている患者の耐えがたい肉体的苦痛を除去する場合ということですが、人間としての尊厳をどう考えるのか。それぞれの価値観という面があるのではないでしょうか。もう一歩、踏み込んで議論を深めていく必要があると思います。

「先生、死なせてください!」

 なぜ、そう思うか? 終末期治療の現場で、「先生、死なせてください」と患者さんに言われる痛切な経験をしてきたからです。寝たきりで動けず、胃ろうで栄養を流し込まれているだけ。人工呼吸器をつけて、もちろん排せつも人の手を借りる。そうして生きている方も少なくありません。

 「自分はそうならずに命を終えたい」と思ってしまいます。ただ、単純ではない点もあります。元気な今は「人工呼吸器につながれたまま生きているのは……」と思いますが、実際に自分がそうなった時は、今の私と同じように感じるかどうかわかりません。延命治療は受けたくないと話していた患者さんが、実際に延命治療が必要な状態になった時に「治療を控えます」と伝えると、「死にたくない」と言い出したという話も耳にします。患者の意思表示といっても、それ自体が変わることがあります。

 オランダやスイスなど安楽死が合法化されている国では、患者の意思はいつでも撤回できるようになっています。患者の意思を繰り返し確認したうえでの「死ぬ権利」の行使です。

 尊厳死、さらにその先にある安楽死。日本は、目の前で問題が起こっているのに、それに向き合わないで今日まで来てしまいました。高齢者が増え、多死社会を迎えている今、納得のいく死に方について議論をもう一歩進める必要があると思います。(富家孝 医師)

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富家 孝(ふけ・たかし)
医師、ジャーナリスト。医師の紹介などを手がける「ラ・クイリマ」代表取締役。1947年、大阪府生まれ。東京慈恵会医大卒。新日本プロレス・リングドクター、医療コンサルタントを務める。著書は「『死に方』格差社会」など65冊以上。「医者に嫌われる医者」を自認し、患者目線で医療に関する問題をわかりやすく指摘し続けている。

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3件 のコメント

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ALS 委託死について

さとみ

一昨日母がALSと診断され且つどの医者からも進行が早いと言われ現在コロナ感染の事もあり病院で療養中です。以前から高次機能障害である父と一緒に母は...

一昨日母がALSと診断され且つどの医者からも進行が早いと言われ現在コロナ感染の事もあり病院で療養中です。以前から高次機能障害である父と一緒に母は過ごしたいと思いがあり私は少しでも叶えてあげたい。
行政、介護支援専門員、医者、訪問介護事業所など係る窓口ありますが結論から言うと家族の思いや当事者の思いに近くなるような支援は受けさせてはもらえません。キチンと向き合っての相談もありません。
母が生きていても仕方ないし迷惑がかかる。との思いがおおきくなり諦め、絶望に変わっていってはほしくありません
私は今不甲斐なさや悔しさで一杯です

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今こそ尊厳死議論を

おしお

希望しながら自殺手段すら奪われた人達への対応を真剣に考える問題。人命は地球より重いなど空理・空論。今こそ尊厳死の法的対処を議論すべきだ。

希望しながら自殺手段すら奪われた人達への対応を真剣に考える問題。人命は地球より重いなど空理・空論。今こそ尊厳死の法的対処を議論すべきだ。

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根底にあるのは人間を支配する価値観と政治

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

生殺与奪は誰の手元にあるのか? この問題は重たいと思います。 幾つかの宗教あるいは類似の存在としての社会機構は自殺を禁止あるいは否定しています。...

生殺与奪は誰の手元にあるのか?
この問題は重たいと思います。
幾つかの宗教あるいは類似の存在としての社会機構は自殺を禁止あるいは否定しています。
個人の一番重たい権利を個人の手元から取り上げてしまう。
その結果、個人と神(権力者)の権利の奪い合い、あるいは神と神による個人の奪い合いが起こります。
奪い合いと言っても、落ち着きどころがあって、それが習慣になってくるのかもしれません。
定期的な礼拝や供物は、命の次に大事な時間や食物の一部を神に捧げ共有する儀式とも言えます。
国民の義務と権利の関係も似ていますね。

医師の一部は全能感とか使命感が強すぎる傾向があり、暴走を抑える仕組みが必要ですし、一方で、医療が及ばない患者の苦痛や自由意志に関して、社会全体で見直してやる必要があります。

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