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山中龍宏「子どもを守る」

 子どもは成長するにつれ、事故に遭う危険も増します。誤飲や転倒、水難などを未然に防ぐには、過去の事例から学ぶことが効果的です。小さな命を守るために、大人は何をすればいいのか。子どもの事故防止の第一人者、小児科医の山中龍宏さんとともに考えましょう。

妊娠・育児・性の悩み

たばこ、灯油、針…子どもの誤飲 家庭で吐かせてはいけない理由

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飲み込んだ時間や量がわからない

 誤飲するもののなかで、単品で最も多いのはたばこです。上に述べたように、かつては、たばこの誤飲には胃洗浄が行われていました。適切な治療法を明らかにするため、私は20年くらい前、たばこを誤飲した子どもの血中と尿中のコチニン(ニコチンの代謝物質)を測定しようと試みましたが、飲み込んだ時間や量がわからないため、うまくいきませんでした。

 ニコチンの成人致死量は30~50ミリ・グラム(たばこ1~2本)、幼児の致死量は10~20ミリ・グラムとされていますが、子どもが飲み込む量は少なく、また、たばこの催吐作用により初期に 嘔吐(おうと) するため、体内吸収量は非常に少ないとされています。日本中毒情報センターは、2センチ以下のたばこの誤飲は、家庭での観察だけでよいとしていますが、アメリカの中毒センターでは、たばこ2本未満は口すすぎのみ、2本以上で活性炭、5本以上で胃洗浄を勧めており、日本の基準とは大きく異なっています。

 30年くらい前から、実際の事例の経過を観察する研究が積み重ねられ、乳幼児がたばこを誤飲しても85%は無症状で、症状が出る時には15~30分で表れることがわかりました。現在では、「無症状と軽症例は、無処置で2時間観察すればよい」とされています。

乳幼児の誤飲 医師の知識はおぼつかず…

 日本中毒情報センターの受信報告では、年に3万数千件ある受信のうち、8割が5歳以下の誤飲です。日本中毒情報センターへの問い合わせには薬剤師が対応しています。大学で中毒学を勉強している薬剤師は、誤飲した状況を聞いて危険性があると判断したとき、「すぐに医療機関を受診してください」と勧めます。

 しかし、医療機関で対応する医師の知識は心もとない状態です。医学教育の中に、乳幼児の誤飲についての講義はありませんし、教えられる人もいません。医療現場に出ると、すぐに乳幼児の誤飲に遭遇し、救急外来で治療の本をひっくり返して読むことになりますが、そこには一般的なことしか書かれておらず、目の前の事例にどう対処したらいいのか、医師は困ってしまいます。医師が日本中毒情報センターに問い合わせることもあります。

 救急外来から「誤飲した子が来ています」と呼び出され、仕事を中断された医師は、「保護者が不注意だから、こんなことが起きるんだ」と内心思っています。「○○を飲んだ」と言われても正確なことはわからず、飲んだ最大量を推測して治療するしかありません。乳幼児の場合は、飲んでから1時間以内に受診することが多いため、医師は「まだ、吸収されていない。これから血中濃度が高くなって症状が出るかもしれない」と考え、保護者には「危険性がないとは言えない」と話し、冒頭の例のように、保護者を説得して胃洗浄をすることになります。

 子どもの誤飲がこんなに多発しているのに、「この治療で大丈夫かな」と推測しながら手探りで治療が行われている現状は望ましいものではありません。「前もって誤飲を予防する」ことが重要なのです。(山中龍宏 緑園こどもクリニック院長)

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山中 龍宏(やまなか・たつひろ)

 小児科医歴45年。1985年9月、プールの排水口に吸い込まれた中学2年女児を看取みとったことから事故予防に取り組み始めた。現在、緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。NPO法人Safe Kids Japan理事長。キッズデザイン賞副審査委員長、内閣府教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員も務める。

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