のぶさんのペイシェント・カフェ 鈴木信行
医療・健康・介護のコラム
与えられた運命を、精いっぱい生き抜こう
急な転勤が決まって……
今日、この扉を開けるのは気が重い。マスターののぶさんへ、どうしても伝えないとならないことがある。
「こんにちは」
このカフェに通い始めてちょうど1年。いまでは、カフェというよりは自宅へ帰るような気持ちになる。
いつもの笑顔で彼は私を迎え入れてくれる。私もいつものようにカウンター席に座る。何も言わなくてもブレンドコーヒーを淹(い)れ始めた。いつものように。
「実は……」
急な転勤が決まり、妻と娘を残して、単身で遠方へ行くことになったことを、手短に伝えた。
「そうですか。それは残念……。ですが……」
「が?」
「新しい世界に羽ばたけるのですから、良かったですね!」
転勤の辞令に不安や悔しさでいっぱいだった私には、思いがけない言葉だ。
病気になった運命を受け入れることも大事
身体障がい者であり、がん患者でもあるのぶさんは、以前、こんなことを言っていた。
「病気になった運命を受け入れる、楽しむ、生かす。せっかく病気になったのだから……。そんな生き方をしたい」
転勤も同じかもしれない。今の生活が大きく変わることへの不安は大きい。しかし、その運命を受け入れ、それを楽しみ、生かす。せっかく世界が変わるのだから。
どんな医療を望むかは自分がどう生きたいかによる
このカフェでは、様々なことを学んだ。
のぶさんの患者としての数多くのノウハウは、すべて私の人生に問いかけてきた。
自分がどう生きていくのかという軸があってはじめて、最先端の薬や手術といった医療が生きてくる。
逆に言えば、患者自身の生き方が定まらない中では、どれほどすごい設備やスタッフがそろっていても、本当の意味での医療の恩恵を受けられているとは言えない。
新型コロナウイルスがもたらした社会も、まさにいまの自分の生き方が問われていると思う。のぶさんは、それを以前から実践している。
そして、私も彼に影響を受けて、今の人生を楽しく、生き生きと毎日を過ごすことができている。
顔なじみになった常連客のご婦人も、持病がありながらも、今日も楽しそうにこのカフェに来ている。
日常だ。
病気で得られたプラスを分かち合う
「これ、餞別(せんべつ)です。プレゼント」
のぶさんは、奥から一冊の本を持ってきた。その副題は「病気でも『健康』に生きるために」。
病気のないことが健康なわけではない。日常の中で、自分なりの健康をしっかりと見据えることが大切なのだ。あとがきをパラパラめくってみる。
「病気の体験はマイナスばかりではない。そこから得られたプラスを多くの方と分かち合いたい」。与えられた運命を、精いっぱい生き抜こう。のぶさんの笑顔はそう語っている。
帰り際、小さな体を揺らしながらカフェの出口まで見送りに来てくれた。私は、深くお辞儀をしてお礼の言葉をかけた。
「本当に1年間、お世話になりました」
(鈴木信行 患医ねっと代表)
※「のぶさんのペイシェントカフェ」は、次回から、のぶさんが対談相手のゲストを月替わりで迎え、新装開店してお届けします。
下町と言われる街の裏路地に、昭和と令和がうまく調和した落ち着く小さなカフェ。そこは、コーヒーを片手に、 身体 を自分でメンテナンスする工夫やアイデアが得られる空間らしい。カフェの近所の会社に勤める49歳男性の私は、仕事の合間に立ち寄っては、オーナーの話に耳を傾けるのが、楽しみの一つになっている。
(※ このカフェは架空のものです)
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