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ペットと暮らせる特養から 若山三千彦 

医療・健康・介護のコラム

[看取り犬・文福](5)「この犬っころがっ!」 杖で殴られそうになっても寄り添い、奇跡が…

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 江川信江さん(仮名、80代後半)と (ぶん)(ぷく) の交流も、文福の癒やしの力と ()() る力を実感できた出来事として強く印象に残っています。

入居当初は犬たちをかわいがっていたが…

入居者の膝に乗って甘える文福

入居者の膝に乗って甘える文福

 江川さんは、良家の奥様がそのまま年を重ねられたような、とても上品な雰囲気の方でした。3代続けてラブラドールレトリバー(盲導犬の代表的な犬種)を飼っていたという大の犬好きで、文福たちを大変かわいがってくれました。

 「ほら~、文ちゃん、大ちゃん、おいで」

 江川さんが穏やかにほほえむと、大喜(※文福と同じ保護犬出身の雑種犬)も文福と競うようにして、江川さんに飛びつくのでした。文福などは大きな図体をして、江川さんの膝に飛び乗ってしまうという甘えっぷりでした。

 江川さんは中等度の認知症を患っていましたが、文福たちと穏やかに過ごす様子からは、とても認知症とは思えませんでした。

入院中に認知症が進み、退院後まるで別人に

 しかし、その幸せな日々は、江川さんが肺炎で入院したことで一変してしまいます。退院して帰ってきた江川さんは別人になっていたのです。入院中、認知症が進行したためでした。

 高齢者が入院することにより認知症が進んでしまう、ということはよくあります。誤解しないでほしいのですが、これは病院がよろしくない、という意味ではありません。何しろ、病院は安静にしていなければいけない所ですから、私たちだって入院生活を送っていたら元気がなくなってしまいますよね。高齢者の場合、その影響が著しいんです。

 しかも、高齢者の場合、暮らす場所が変わると新しい環境に適応できず、認知症が進行してしまうことがよくあります。単調な入院生活と、環境変化に適応できないことと。この二つの要因が重なり、認知症が一気に悪化してしまう場合があるのです。

「寄るんじゃねー、この犬っころがっ!」と怒声

 そして認知症が進行すると、人格が変容してしまう方もいます。江川さんはその典型でした。1か月ぶりに帰ってきた江川さんのもとに、文福たちが大喜びで駆け寄ると、険しい顔をして大声で ()() りつけたんです。

 「寄るんじゃねー、この犬っころがっ!」

 部屋中に江川さんの怒声が響きました。怒鳴る江川さんが (つえ) を振り回し、犬たちを殴ろうとすると、文福は悲鳴を上げて逃げていきました。

 幸い、振り回す杖のスピードは遅く、殴られる犬はいませんでしたが、それ以来、犬たちはぴたりと江川さんに近づかなくなりました。

 「なめんなよっ、この野郎―っ!」

 職員が近づいても江川さんは怒号を上げます。ある時、面会に来ていた息子さんはその言葉を聞いて、がくぜんとしていました。それまで、自分の母親がそんな言葉を使うのを聞いたことがなかったそうです。息子さんが幼かったころは、厳しく怒られることはもちろんありましたが、そんな汚い言葉を使うことはなかったそうで、息子さんは心底驚いていました。

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若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

 社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」(神奈川県横須賀市)施設長

 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里 山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取みといぬ文福ぶんぷく 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。

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1件 のコメント

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こんなふうに

きーこ

こんなふうに 穏やかになれる最後が迎えられたらどんなにいいだろう。 愛猫と同じタイミングで最期を迎えたいな。 猫なでがら。

こんなふうに 穏やかになれる最後が迎えられたらどんなにいいだろう。
愛猫と同じタイミングで最期を迎えたいな。
猫なでがら。

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