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産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」

医療・健康・介護のコラム

経営者にとって倒産危機は激しいストレス……新型コロナで「うつ病」の危険も

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 新型コロナの感染拡大防止の対策は、外出の自粛なので、企業活動に大きな制約となり、中小・零細企業が受けるダメージは大きいことでしょう。今回のウイルス感染と社会への影響は経験のないものですが、過去に不況で会社整理に追い込まれた事例を経験しました。個人の努力では追いつかない事情で、経営が傾いてしまうという意味では共通するところもあります。社員20人規模の宝石・貴金属会社の社長が、急激な売り上げ減少に対応できず「会社整理」に追い込まれ、「うつ病」になってしまいました。会社がなくなる事態、喪失感情が、いかに精神的なトラウマを与えるかを知っていただければ、という思いを込めて紹介します。

経営者にとって倒産危機は激しいストレス……新型コロナで「うつ病」 の危険も

イラスト 赤田咲子

宝石や貴金属のニーズが減少

 青田幹夫さん(仮名)は50歳の宝石・貴金属会社の社長。グローバル化や消費者ニーズの変化で、売り上げが低下し続けています。父が一代で創業した会社で、20人の社員を使い、製造販売を行ってきました。9人いた技術者を5人に減らしました。長年勤務し、50歳近い彼らを退職させるのは、身が切られるほどの、つらい思いでした。

 以後3年は何とかしのげたのですが、景気悪化に伴い再び厳しい状況に追い込まれ、寝食を忘れるほど対応に没頭しましたが、うまくいきません。心身の不調を来しました。心配した妻に付き添われ、かかりつけ医を受診。主治医は「メンタル不調」を考え、私に紹介してきました。妻同伴の受診です。

資金繰りが難しい

私   :精神科医の夏目です。紹介状がありますので概略はわかります。落ち込んでいますね。

青田さん:先生、気力が出ないんです。かかりつけ医から「うつ病」の可能性もあると言われ、紹介されて受診しました。

私   :いつ頃からでしょうか?

青田さん:半年くらい前からかな、はっきりしたのは。私は貴金属会社を経営していますが、売り上げは年々低下しています。

私   :そうですか。 

青田さん:受診したのは再び経営悪化で、会社がやばいから。

私   :今度こそ会社が危ない、と。

青田さん:そうです。考え出すと寝付けません。眠りに入っても2、3回は目覚めて、悲観的になって眠れないです。浮かぶのは仕事のことばかり。どんどん悲観的になっていくばかりです。

私   :つらいね。

青田さん:資金繰りで、ほとほと疲れましたよ。

私   :う~ん。

青田さん:今回の不況でガクッと売り上げが落ちました。ぜいたく品だという意識になったのでしょう。

私   :なるほどね。それで。

青田さん:このままいけば、倒産になります。父が創業した会社をつぶしたくはない。何とかしようと思って、地方銀行や信用金庫などに日参していますが、資金繰りが厳しくて……。

いま整理すれば社員に退職金が払える

私   :倒産するかもしれない。

青田さん:妻と話し合いました。妻は「いま会社を整理すれば、社員に少ないが退職金が払えますよ。20~30年働いている人たちだから、路頭に迷わすわけにいかないでしょう」と言います。それで、目が覚めました。父の会社だから潰していけない、とばかり思っていましたが。

私   :そうでしょうとも。

青田さん:それを決めてから気持ちが多少なりとも冷静になりました。社員に説明をしたら納得してくれたのが、せめてもの救いです。

私   :疲れ切っていますね。「うつ病」が考えられます。

青田さん:「うつ病」ですか……やはり。「ふいに死んでおわびをしたい」という衝動が突き上げてきます。

私   :病気がそうさせています。治療が必要です。良くなりますよ。

青田さん:先生にお任せします。

「発作的な自殺衝動に注意を!」と妻に伝える

私   :奥さんの協力が、さらに必要です。治療すれば、良くなります。発作的に自殺をする可能性がありますから、気を付けてください。

妻   :気を付けます。ほかに何か。

私   :今までと同様に温かいまなざしで、ケアをよろしくお願いいたします。

 精神科受診に至るまでの夫婦の会話を再現します。

妻   :あなた、疲れてますよ。疲れすぎです。

青田さん:会社がのるかそるかの瀬戸際だよ。

妻   :今度が2回目ね。

青田さん:本当に潰れるよ。今から思えば、前回はリストラする余裕があったが、今回は持たない。資金調達もできないし、倒産するよ。

妻   :会社も大事だけれど、私はあなたの健康が心配よ。体というよりは、あなたの心が崩れていくように思えて……。

青田さん:がんばるしかないんだ。オヤジが苦労して創業して、多くの社員の働きでやってきた会社だ。オヤジそのものだ。会社は絶対に、つぶせない!

妻   :銀行の人や税理士さんに聞いたら、「今、思い切って会社を整理すれば、社員の退職金を払える」と言っていましたよ。幸い借金もあまりないしね。

青田さん:俺から会社を取ったら、何が残るんだ。もう、死ぬしかない。

夫であり、子どもたちの父親ですよ!

妻   :気持ちはわかるのよ。でも死んだら、子どもたちが悲しみますよ。「お父さんは私たちを見捨てた」とトラウマを作るよ。あなたは、お父さんに申し訳ないと言いますが、私の夫であり、子どもたちの父親ですよ。それを忘れないで。

青田さん:そうだね。

妻   :会社を整理し退職金を出し、しばらく休養を取って、次の人生を考えましょう。

青田さん:会社が、すべてではないか……。

妻   :そうよ。あなたには、私と2人の子どもがいるのよ。2人で大切に育てた子どもよ。

青田さん:そうだなあ。

妻   :第2の人生があるのよ。

青田さん:うん。

妻   :主治医から紹介された専門医に行きましょう。私も付いていくからね。

青田さん:ありがとう。

妻   :2人で、子どもも入れて4人で再スタートしましょう。

青田さん:明日、行くよ。

過労で心身ともに消耗したうつ病

 主治医として対応した事例です。過労で心身とも消耗した「疲弊性うつ病」と診断し、休養と加療を勧めました。クスリの投与と休養で軽快していきました。

 以後カウンセリングを8回くらい続け、社会復帰しました。その過程で、「なんのために一生懸命働いてきたのか、むなしい」「オヤジに申し訳ない。ふがいない」「でも従業員の退職金は払えた」「家族との絆があったから、救われた」と涙ながらに語りました。

 半年後に、彼の能力を評価していた同業の社長の引きがあり、番頭格で再就職できました。もっとも、収入は半分になったのですが。「倒産」が最大ストレスであるのを、わかっていただければ、と思います。

  最後に、「マコトの一言」で締めさせていただきます。

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natsume-prof

夏目誠(なつめ・まこと)
 精神科医、大阪樟蔭女子大名誉教授。長年にわたって企業の産業医として従業員の健康相談や復職支援に取り組み、メンタルヘルスの向上に取り組んでいる。日本産業ストレス学会前理事長。著書に「中高年に効く! メンタル防衛術」「『診断書』を読み解く力をつけろ」「『スマイル仮面』症候群」など。新著は企業の人事や産業医向けの「職場不適応のサイン」。ブログ「ストレス点数の夏目」はこちら

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1件 のコメント

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心の病は心だけの問題なのだろうか?

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

社会的状況やイベントによる生活の危機、あるいは身体症状に伴ううつ症状をどういう風に取り扱うか、難しいと思います。 誰だって、喜怒哀楽はありますし...

社会的状況やイベントによる生活の危機、あるいは身体症状に伴ううつ症状をどういう風に取り扱うか、難しいと思います。
誰だって、喜怒哀楽はありますし、不測の事態で心身が様々な反応を示すのは人間だから当たり前です。
特定の病名をつけて治療すれば絶対に治ると考えることは危険性が伴います。

恋の病もそうですが、必ずしも、回復不能な事柄ばかりではないからです。
(なので、身体や行動からアプローチするか、心や認識からアプローチするべきか、も難しい所です。いずれにせよ、まず休んで心と体の余裕を取り戻して負の連鎖を断ち切ってから動く必要があります。)

本文でも、親が創業した会社の社長の維持というアイデンティティあるいは目標を、子供たちの父親の生命の維持とか従業員への退職金を払える社長という目標で塗り替えているのがわかります。

経営者にとっては会社経営ですが、人間というのは誰しも自分の人生という経営を行っていると考えると、誰にとっても他人事ではないことがわかります。
そして、ある組織や個人の経営状況は連鎖しますし、人間関係や心や体はシンクロする部分もあります。
表面上押さえていても、突発的な感情の発露はあると思います。
(本文では、うつ状態のエスカレートとしての自殺衝動を考えられます。)

そういう中で、イレギュラーな感情の発露を直ちに精神疾患と決めつけることなく、話を聞いたり、種々の問題を解決する枠組みの拡充が今後必要になってくることがわかります。

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