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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

家族が「蘇生不要」を承諾した80代患者 治療をしなくていいのか?…現場にある認識のギャップ

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 80代前半の男性患者。自宅で転倒し、右 大腿(だいたい) 骨を骨折して入院した。手術をするか、しないかを、本人と家族で話し合い、手術をすることに決めた。しかし、その直後、脱水や腎不全を起こし、全身状態が悪くなってしまった。血圧も低下していたため、ひとまず右大腿骨の手術は延期となった。

 その後、回復したので、手術を行うことになった。手術を終えた後、入院直後のように全身状態の悪化も懸念されたため、医師は家族にDNAR(Do Not Attempt Resuscitation:蘇生不要)の話をして、家族からその承諾を得た。手術は無事に行われた。

 手術後、一時的に回復傾向はみられたものの、徐々に衰弱していった。食事があまりとれず、血圧は低く、尿量も少ない状況であった。「術後の回復を目指しているのに、この状態はよくない」と考えた担当の看護師が、医師の指示を確認しようとして、同僚の看護師に聞くと、同僚は「この患者さん、DNARですよね……」と言った。

本来は「心肺機能が停止状態になったとき」の指示

 医師によるDNAR指示とは、心肺機能が停止になった場合、心肺蘇生法(CPR:cardio-pulmonary resuscitation)をしないことを治療に関わるスタッフに伝える、医師による指示のことです。このDNAR指示は、臨床でよく使われます。心肺蘇生法は、心肺機能が停止した状態にある患者の自発的な血液循環と呼吸を回復させる試みのことです。心臓マッサージや、口から肺へ息を吹き込む人工呼吸があります。

 この事例から、DNAR指示によって差し控える医療措置について、2人の看護師の認識が、明らかに異なっていることがわかると思います。一般の人々にとっては、この認識の違いに驚いてしまうでしょうし、自分が患者だったら?と不安に思うかもしれません。私も、このような仕事をはじめ、臨床家の皆さんと話をするようになって、こうした認識の違いが少なからずあることを知りました。この事例は、看護師同士の認識の違いですが、看護師と医師、医師同士の場合もあります。今までも、日本において、DNAR指示によって差し控える、あるいは中止する治療や処置についての解釈が、医療者の間で一致していないことが指摘されてきました。

 本来、DNARは、先に述べたように、「心肺機能が停止状態になったら蘇生をしないこと」を意味しているのですが、担当の看護師は、患者さんが手術後の回復を目指しているなかで、血圧が低下し、腎機能が悪くなっているのですから、「それを改善する治療をしなければ」と考えています。しかし、同僚の看護師は、おそらく「あらゆる治療をしないこと」だと認識しています。その後、主治医と話をして、それらの症状が改善されるような投薬を続けたとのことです。

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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