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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

家族が「蘇生不要」を承諾した80代患者 治療をしなくていいのか?…現場にある認識のギャップ

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「積極的な治療はしなくてもよい患者」ではない

 このような事例が話題にのぼるとき、「あの患者はDNARだから……」あるいは「DNARの患者」という表現がよく使われることが気になっていました。

 医師によるDNAR指示は、その患者の医療やケアに携わる人々にとって、十分認識しておくべきことであるのは確かです。しかし、医師によるDNAR指示が出た場合、その患者さんにかかわっている医療者一人一人の「患者=DNAR」という見方、つまり、DNAR指示が出ているのだから「積極的な治療はしなくてもよい患者である」という意識が強くなる傾向があるようです。このことが、認識の違いを生じさせる背景の一つになっていると思います。

 また、先に述べたように、そもそもこのDNAR指示によって中止あるいは差し控えられる治療や処置について、医療者の間で必ずしも解釈が一致していないということがあります。

 重要なのは、DNAR指示が出される手続きの明確化・透明化でしょう。その患者において、その指示内容が何を意味しているのか、医療者はもとより患者、家族との間で明確にすること。そして、どのような形で話し合われたのかを記録することも求められます。場合によっては、指示の継続が適切かどうかを再評価していくことも必要でしょう。

DNAR指示は誰が決めるのか?

 最後に、このDNARは誰が決めるのでしょうか。医師による指示なので医師が決めるのかというと、そうではありません。本来は、心肺機能が停止になった場合、蘇生を希望するかどうかを、あらかじめ本人が考え、本人の意向にそって、医師が関係者に指示するものです。その考え方の根本は、本人の自己決定に基づくものなのです。

 しかし、現実には、この事例のように、「本人の意思能力があっても、家族と医療者が話し合って決める」ケースや、「本人の意思能力がないので家族が決める」「医師が医学的事実に基づいて決める」ケースもあるようです。

 この事例では、骨折の手術が予定されているなかで、「今、DNARについて患者と話し合うことは、手術への意欲や希望を失わせてしまうかもしれない」という思いが、医師にあったかもしれません。しかし、ここで考えねばならないのは、心肺蘇生を行わないという決定は、患者にとってとても重大な決定だということです。その重大な決定のために、患者が主体となる話し合いの場がもたれるのは当然であり、その際には、十分な情報の提供が前提となります。

 DNARを検討するときは、それ以後の治療やケアのすべてを行わないのではなく、「最後まで、必要な治療や緩和ケアが提供される」のだというメッセージを伝えることが大事です。実際に医師がDNARの指示をする段階では、すでに本人が意思能力を失ってしまっている状態が多いとも言われます。救急医療のような場合を除いて、できる限り患者の意思能力があるときを逃さず、患者の意向が十分に反映できる形で、話し合いと決定がなされるのが倫理的といえるでしょう。(鶴若麻理 聖路加国際大准教授)

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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