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ペットと暮らせる特養から 若山三千彦 

医療・健康・介護のコラム

[看取り犬・文福](4)余命わずかな元漁師、思い出の港へ 外出決行の決め手は人じゃなく…

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決行予定日 文福は普段通りの様子

 鈴木さんの秋谷漁港外出の決行予定日。うれしいことに、文福は普段通り過ごしていました。鈴木さんのベッドに潜り込み、鈴木さんに体をこすりつけて甘えています。私たちは文福が、「おじいちゃんは大丈夫だよ。秋谷漁港に連れて行ってあげて」と言っているように感じました。

 もちろん私たちは、文福の行動だけを見て、外出行事決行を決めたのではありません。看護師がきちんと鈴木さんの体調を調べました。

 朝9時の検査で、鈴木さんの体温は37.0℃、血圧は上が123mmHgで下が74mmHg、脈拍は72回/分、血中酸素濃度は82%でした。微熱がありましたが、この程度の微熱は、もはや鈴木さんにとって普通の状態でした。血圧、脈拍は正常値の範囲です。しかし、血中酸素濃度は、高齢者の標準値94~98%に比べると非常に低い数値でした。82%という数値は、通常のご入居者様なら看護師がかなり心配するレベルですが、この頃の鈴木さんにとっては普通の状態でした。心配はあっても、問題となるものではありません。

 この検査結果を見て、看護師は、この時点の鈴木さんの体調としては、特に悪くなっているとは言えないと判断したのです。そこで外出を決行する最後のひと押しをしてくれたのが、文福の行動だったというわけです。

4人付き添い、懐かしの港へ 表情明るくなり、数値も向上

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意識はほとんどないが、鈴木さんの表情が和らいだ

 起き上がることのできない鈴木さんを、ベッドから、リクライニング式車椅子に移します。めいっぱいリクライニングさせると、ほぼ背もたれが水平になるタイプの車椅子なので、鈴木さんはほぼ完全に横になった状態で運べます。そして、車椅子用のリフト(自動で持ち上げる装置)がついた車にお乗せしました。鈴木さんの娘さんも駆け付けてくれて、一緒に出発です。坂田ともう一名の介護職員、そして看護師、鈴木さんの娘さんと、4人が付き添う大キャラバン隊です。

 思い出の地、秋谷漁港に車椅子で降り立った鈴木さんの表情が明るくなりました。意識はほとんどないままですが、間違いなく表情が変わったのです。うれしいことに、かつて鈴木さんと一緒に働いていた漁師さんが居合わせて、大喜びで声をかけてくれました。鈴木さんの表情が一層穏やかになり、隣にいた娘さんは涙を流していました。見守っている坂田たちも涙を抑えきれなかったそうです。

 ホームに戻って検査をすると、体温は36.8℃、血圧は上が126mmHg、下が74mmHg、脈拍は77回/分になっていました。わずかですが、数値的には良い状態になっていました。そして驚くべきことに、血中酸素濃度は94%になっていました。高齢者の正常値の範囲まで向上していたのです。終末期のご入居者様の血中酸素濃度が、これほど向上した例はありませんでした。人体の持つ底力と、人の気持ちが身体に与える影響の大きさを実感して、職員はみな感動していました。

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若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

 社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」(神奈川県横須賀市)施設長

 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里 山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取みといぬ文福ぶんぷく 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。

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