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ペットと暮らせる特養から 若山三千彦 

医療・健康・介護のコラム

[看取り犬・文福](4)余命わずかな元漁師、思い出の港へ 外出決行の決め手は人じゃなく…

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 寝たきりで意識もほとんどない状態の鈴木吉弘さん(仮名)を、思い出の地、秋谷漁港に連れていきたいと考えたユニットリーダーの坂田(仮名)は、私に却下されても全くあきらめませんでした。私が、ユニットの職員はみな納得しているのかと聞くと、すぐにユニット職員会議の議事録を持ってきました。既に会議で全職員の賛同を得ていたのです。

職員、家族、看護師みな賛成

[看取り犬「文福」](4)余命わずかな元漁師、思い出の港へ 外出決行の決め手は人じゃなく…

リクライニング式の車椅子で、思い出の漁港を訪れた鈴木さん

 次に、家族の意向を確認しろと指示すると、これも既に、娘さんに電話をして説明を終えていました。娘さんは、思いもよらない提案を受けて驚いていましたが、「ぜひ秋谷漁港に連れて行ってほしい」と賛成してくれたそうです。

 看護師の了承と同行が必要だと言うと、坂田はすぐに看護主任の所に談判に行きました。以前にも書きましたが、 ()() り介護の際に、もし家族とトラブルになると、施設と一緒に看護師も訴えられる恐れがあります。普通なら、看取り介護状態での外出など、看護師は認めません。しかし、うちのホームの看護主任は、ご入居者様本人のQOL(生活の質)を重視してくれるので、坂田のむちゃな提案を認め、当日付き添う看護師を手配してくれました。

外堀すべて埋められ、認めるしかなく

 外堀をすべて埋められ、私は鈴木さんの秋谷漁港外出を認めざるを得ませんでした。もっとも内心では、そこまでしてご入居者様の最期の願いをかなえたいという坂田たちの気持ちをうれしく感じていたのですが。

 こうして書くと、長い時間をかけたように感じられると思いますが、実際にはこれらの動きは2日以内のことです。もはや鈴木さんに残された時間は短いので、坂田は全速力で駆け回っていました。

 鈴木さんの秋谷漁港外出のプランができあがりました。この時、余命1週間の宣告を受けてから2週間が経過していました。鈴木さんは、もう何も食べることができない状態で、わずかに水分を飲むだけで命をつないでいました。いつ亡くなっても不思議のない状態です。外出中に亡くなる恐れもあります。果たして、秋谷漁港外出を決行してもいいものかどうか。

最後の判断は、文福が看取り活動を始めたかどうか

 実は、最後にその判断をする時は、 (ぶん)(ぷく) の行動を見て決めようと、私と坂田は考えていました。つまり、文福が看取り活動を始めていたら、外出をあきらめる。文福がまだ看取り活動をしていなかったら、外出を決行すると考えていたのです。

 文福が看取り活動を始めていなかったら、それは鈴木さんが2、3日以内に亡くなる可能性が低いことを意味しています。心筋 (こう)(そく) などの突然の症状による死亡は予測できませんが、老衰で徐々に弱っていき、死亡する可能性は低いと言えます。私たちは文福のその予測を判断材料の一つ、それも重要な一つにしたのです。

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若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

 社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」(神奈川県横須賀市)施設長

 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里 山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取みといぬ文福ぶんぷく 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。

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