文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

知りたい!

医療・健康・介護のニュース・解説

「感染が、会社が、給料が」 在宅の不安とストレスで家族ギクシャク…ひきこもりの娘が放った「一喝」とは?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

末っ子が突然、家族を招集

 その次の回は、電話での診察となった。コロナの感染が広がり、恵美子さん自身が来院に不安を覚えたからだった。彼女はこんな話をしてくれた。

 コロナによる外出自粛が始まって1週間あまり。家族のイライラはピークに達していた。みんな不機嫌で、お互いの態度に不満をもっていた。そんな時、娘の香奈さん(仮名)が、突然、家族全員を居間に招集した。「みんな、すぐに集まって。私の話を聞いて!」

 「何事か」といぶかしがりながら、全員が集まってきた。香奈さんは、中学校の時にいじめに遭い、不登校になってから、ずっとひきこもりを続けている。自分から全員に声をかけるなんて、初めてのことだった。

 「みんな、たるんでる! けんかばかりしてる! こんなんじゃダメ! ひきこもり歴7年の私が、これから、『正しいひきこもり方』を教えます!」

 香奈さんの迫力に、みんな気おされるように黙りこんだ。

 「みんな、覚悟が足りません! 何のために、誰のためにこうしているのか、自覚が足りません! まず、両手の指を組んで、目をつぶって」

 彼女は静かに、だがきっぱりとした口調で話し続けた。

 「これまで多くの方たちが亡くなりました。世界中で何万人もの人が、あっという間に亡くなりました。どんなに苦しかっただろう、どんなに口惜しかっただろう。家族に面会することもできず、死んでゆくのは、どれほどつらかっただろう。亡くなった方たちとご家族の無念を強く思って、 黙祷(もくとう) !」

 しばらくの黙祷のあと、香奈さんは言葉を継いだ。

 「今度は拍手をします。今も世界中で、多くの人たちが闘っています。入院中のベッドで、人工呼吸器をつけながら、苦しい息の中で親しい人たちを思いながら、みんな闘ってます。お医者さんや看護師さんたちも、自分の命を危険にさらしながら、みんながんばってます。その人たちに心からの応援をこめて拍手します。拍手!」

「全員に課題を出します」

 香奈さんの拍手につられるように、最初はまばらに、そして次第に力強く、みんなの拍手が続いた。彼女は涙を浮かべていた。

 「私はずっとつらかった。毎日いじめられるのもつらかった。でも、それ以上に、家族のみんなにわかってもらえないのはつらかった。お父さんも、お母さんも、私がひきこもっているのは私が弱いからだって言ったよね。つらくて毎日、泣いてた。死んでしまいたいと思った。でも死ねなかった……」。香奈さんの告白に、家族はみな、言葉を失った。

 「だから、こんなのイヤなんだ。ウイルスなんかのせいで、家族みんながバラバラになって、毎日ケンカばかりしてて……。もっと覚悟を持とうよ。自分を守るんだ、家族を守るんだ、まわりのみんなを守るんだ!って。私だって、みんなを悲しませないように、必死になってこれまで生きてきたんだよ。コロナなんかに負けちゃダメだよ」

 香奈さんは、少し息を整えて、話を続けた。

 「不安な時は、何か行動すると不安が軽くなると聞きました。だからこれから、みんなに『課題』を出します」

 夫の課題は、ネットで調べて、ひとりひとりが何をすればいいか、正しいやり方を書き出すことだった。「手洗いの仕方」や「外出したときの距離の取り方」「コロナかな?と思ったときの対応」「家族が感染したとき、どうすればいいのか」……。それを調べて、家族に教える。

 恵美子さんには、「私にマスクの作り方を教えてね。私もがんばって作るから」と。免疫力アップの料理も一緒に考える。ゲームが得意な長男への課題は、つらさを忘れるくらいのめり込めて、みんなが一緒に楽しめるようなゲームを教えることだった。

久しぶりに家族で夢中になる時間

 恵美子さん一家は、それぞれの課題に取り組んだ。お父さんは、毎日の生活での注意を書き出し、全員に徹底した。恵美子さんと香奈さんはマスクをいくつも作り、元気の出そうな料理を工夫した。息子さんの選んだ、癒やし系の動物のゲームを家族みんなで遊んでみた。「これ昔やったよね。懐かしい」と言いながら、久しぶりに家族で夢中になって時間を過ごした。

 「じゃ最後に、みんなで記念撮影をしよう!」と夫が声をかけた。

 「日本中、いや世界中のみんなが苦しんでいる。今、自分にできること、それは、自分や家族がコロナにかからないようにすること、かかったら支え合うこと、決して希望を失わないことだ。隔離されて一人きりになっても、必ず誰かが応援してくれている。周りの人たちも、きっと一緒に頑張ってくれる。そのことを忘れないために、みんなの写真を撮ってスマホに入れておこう」

 電話の向こうの恵美子さんは、少し涙ぐんでいるようだった。

 「毎日、まだまだ不安な日が続きます。でも、希望がないわけじゃない。支えてくれる家族や友だちがいる。先生たちもいる。だから、きっと頑張れる。そう思ってます。先生もどうぞ、お体お大事に!」

 その言葉を聞きながら、私は思わず、彼女の家の方向にむかって頭を下げたのだった。(梅谷薫 心療内科医)

梅谷 薫(うめたに・かおる)

梅谷 薫(うめたに・かおる)
 内科・心療内科医
 1954年生まれ。東京大学医学部卒。90年から同大学で精神科・心療内科研修。都内の病院の診療部長、院長などを経て、現在は都内のクリニックに勤務。「やまいになる言葉~『原因不明病時代』を生き抜く」(講談社)、「小説で読む生老病死」(医学書院)など著書多数。テレビ出演も多い。

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

知りたい!の一覧を見る

最新記事