文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

田村専門委員の「まるごと医療」

医療・健康・介護のコラム

新型コロナ感染対策 ICT活用に高まる関心

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

「感染症の中国史」を通して

新型コロナ感染対策 ICT活用に高まる関心

 新型コロナウイルスと中国における感染症の歴史をテーマにした記者会見が4月3日、東京・千代田区の日本記者クラブで開かれた。演者の青山学院大学教授の飯島渉氏は、感染症の歴史が専門で、「感染症の中国史」などの著書がある。会見では、この100年余りの中国における感染症の流行と衛生行政の変遷を振り返りながら、今回の新型コロナウイルス流行を機に導入されつつある携帯端末による個人情報の把握が、今後の公衆衛生対策にどんな影響を及ぼすのかという、現在から未来への課題にも話は及んだ。

脆弱化した医療体制を襲った2003年のSARS

id=20200406-027-OYTEI50010,rev=2,headline=false,link=true,float=left,lineFeed=true

記者会見する飯島渉・青山学院大学教授(4月3日、日本記者クラブで)

 飯島氏によると、19世紀末から20世紀初めにかけて起きたペストの流行などに対し、中国が導入したのは当時の日本の伝染病予防法がモデルだった。その後、日中関係の悪化などから、米国モデルへの変更を経て、1950年代の急激な社会主義化において進んだのが人民公社や国営企業による医療保健体制の整備だったという。これによって中国におけるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)が、ある意味達成されていたという。

 しかし、1978年からの改革開放によって医療の市場化が急速に進んだ一方で、地域の医療保健を支えてきた国営企業などの解体によって、UHCは崩れてしまうことになった。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行は、まさにそんな脆弱(ぜいじゃく)化した医療保健の状態のなかで起きたと飯島氏は説明した。

 SARSをきっかけに、中国は医療衛生行政を再編。今回の新型コロナウイルスの流行では、武漢の病院に感染を疑った人々が殺到する姿が伝えられたが、ある程度、医療機関へのアクセスが良くなったことが、逆にあのような状況を招いたのではないかとみる。

 人類と感染症の関係について、1万年ほど前にさかのぼって考えると、動物の家畜化や農業化という生態系への介入に対するリバウンドという面や、都市化による人口の集中という面が指摘されるという。その意味では、「人類の1万年の変化を、中国はこの30年間くらいで行ってしまった」と飯島氏は述べ、中国での感染症の背景について説明した。

携帯端末の位置情報を感染症対策に

 今回の新型コロナウイルス感染症をめぐる問題については、「歴史学者としては終息した段階で考えたい。現在の状況を語ることには禁欲的でありたい」と前置きをしつつ、飯島氏が「あえて踏み込んで」関心を示したのが、大規模な都市封鎖と並び、韓国やシンガポールで導入されているというスマホの位置情報などを利用した感染対策だ。

 SARSの流行を機に、空港でサーモグラフィー装置を用いて乗客の体温を調べることは、現在では当たり前の光景になった。今回の新型コロナウイルスの流行が、今後の感染症対策におけるスマホなどを利用した個人管理の標準化につながるのかどうか、強い関心を持っているという。どこまでを許容できるかどうかは、社会的、文化的な背景によっても違うだろうが、個人としてどう考えていくのか。飯島氏は「少し現在の状況が落ち着いてから、冷静になって考えたい」と、述べるにとどめた。

どこまで許容するのか 市民が参画した議論を

 感染症対策へのスマホなどの利用は、決して将来的な問題ではなく、実は今差し迫った問題だ。

 新型コロナウイルス感染症患者が自宅療養を行う場合の方策について、国が2日付で自治体に出した事務連絡でも、アプリなどの活用が示されている。「厚生労働省としては、自宅療養中の患者のフォローアップを効率的に実施するためのICTツールの開発を現在進めているところであり、全国的に利用できるようになった段階でお知らせする予定である」というものだ。

 ICTの活用については、専門家会議が1日に発表した提言においても、議論の必要性が提起されている。「日本においても、プライバシーの保護や個人情報保護法制などの観点を踏まえつつ、感染拡大が予測される地域でのクラスター発生を早期に探知する用途等に限定したパーソナルデータの活用も一つの選択肢となりうる」としたうえで、「様々な意見・懸念が想定されるため、結論ありきではない形で、一般市民や専門家などを巻き込んだ議論を早急に開始すべきである」と述べている。

 公衆衛生とのバランスの中で、個人として、社会として、どこまで許容できると考えるのか。議論の時間は、あまりない。(田村良彦 読売新聞専門委員)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

tamura-yoshihiko_profile

田村 良彦(たむら・よしひこ)

 読売新聞東京本社メディア局専門委員。1986年早稲田大学政治経済学部卒、同年読売新聞東京本社入社。97年から編集局医療情報室(現・医療部)で連載「医療ルネサンス」「病院の実力」などを担当。西部本社社会部次長兼編集委員、東京本社編集委員(医療部)などを経て2019年6月から現職。

田村専門委員の「まるごと医療」の一覧を見る

1件 のコメント

コメントを書く

Do Not Only Get Wild

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

国内外のニュースと政府や大企業の対応の変化の速さに驚いています。 それだけ、新型コロナウイルスの侵略のペースは速く、医療としても、人類社会として...

国内外のニュースと政府や大企業の対応の変化の速さに驚いています。
それだけ、新型コロナウイルスの侵略のペースは速く、医療としても、人類社会としても防戦一方です。
その中で、人員配置や物品の再生産や配分なども戦略として大事になります。

ICTはもちろん大事ですが、コストや習熟の問題もあります。
ICT以外とのコンビネーションで、より多くの人の感染リスクを減らし、マイペースで今の社会を維持しながら、新しい社会に適応するのか、日本人の知恵が問われている気がします。

北欧並みのリモートワークにこだわる必要も必ずしもないでしょう。
変わらない、変われない人も含めて社会です。
全員が生き残れるわけでも、幸福になれるわけでもないですが、最小不幸社会とか、最大多数の最大幸福とかに向けて、新型コロナにどう向かっていくのか?

様々な世代の、様々な人間に、様々な生き方が許容される時代になればいいのですけどね。
ICTだけに、答えを託すのは間違いでしょう。
AIなら諦めろという答えしか出ない問題でも、我々はAIやITと格闘しながら悪知恵を働かせる必要があります。
完全隔離のままでできる完全な検出検査も特効薬もないので、技術の開発待ちになりますが、出来るだけ自宅待機の時間を長くしたうえでの、生活や健康の維持が大事になりますね。

つづきを読む

違反報告

すべてのコメントを読む

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事