鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
医療・健康・介護のコラム
登山で倒れた夫が脳死…臓器提供の話に取り乱す両親 しかし、妻は…
40代夫婦が登山をしていたところ、山道で夫が突然倒れ、心停止の状態となった。ドクターヘリで搬送され、救命はできたものの「脳死とされうる状態」になった。救命医から妻と患者の両親に対して、病状説明と臓器提供という選択肢がある旨の話があり、看護師が同席していた。妻も患者の両親も、救命が困難であるという救命医の話に激しく動揺し、特に母親は泣き叫んでいた。
臓器提供について、父親は「そんなこと突然言われても決められない! 息子に傷をつけてほしくない」「移植なんてダメだ。何とか息子を助けてください」と訴えた。そんな中、妻は、救命が困難であるとの話には目に涙をためて下を向いていたが、臓器提供の話になると、何か言いたそうに見えた。看護師が「奥様はどう考えていますか?」とたずねるが、母親が取り乱し、父親が強く拒んでいる中では、言葉を発しなかった。
当時2年目だった看護師が、「妻の心のうちを、最後まで引き出すことができなかったのが悔やまれた」と語ってくれたケースです。最終的には、両親の判断で、臓器提供はしない方針になり、入院翌日には 看取 りをしたそうです。「妻だけが知っている夫の意向、それに対する妻の考えがあったのではないかと推測されたけれども、両親に強く反対されてしまうと何も言えない立場であり、その両親の思いも十分に理解できる状況だった」と言います。
代理意思決定の支援
この看護師は10年以上のキャリアを重ね、改めて、このケースを振り返りました。今の自分なら、「妻と両親を別々にして、臓器提供に関する思いを聞く機会を設けました。妻が知っている夫の考えを両親に伝えることができないのであれば、自分たちが間に入り、それぞれの考えや思いを共有できるようにする。その上で、かかわる人々すべてが納得した形になるようにアプローチを続けていく」と語ります。
生命倫理の分野では、この看護師が語っていることを「代理意思決定の支援」と言います。「代理意思決定」とは、現在、判断能力のない患者が、もし、その状況で意思能力があったら行ったであろう決定を、家族などが代行することです。患者があらかじめ、事前の意思を示していない場合に行われる判断です。
家族などの話により、患者の意思が推定できる場合は、その推定意思を尊重することになります。患者の価値観・人生観を考慮し、本人に代わって判断するのです。このように文章にしてみると、この代理意思決定のプロセスが、いかに難しいかが見えてきます。今までコラムでいくつかの事例を紹介してきたように、実際の医療現場では、事前の意思表示がない場合も多く、代理意思決定を検討することは日常的にあります。
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臓器提供意思表示カードを持参しています。運転免許証の裏面にも記入できますよね。天災や交通事故等での死は突然です。なので日頃から家族、特に配偶者と親には『臓器提供意思がある』と伝えています。使える所はすべて利用して、と思っています。
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臓器提供という名の人命救助
かな
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自分が死んだ後(脳死後)に、自分の臓器が人の役に立ち、その人たちの生命がつながれば私は幸せです。私は提供可能な臓器はすべて提供します。日本では死んだら焼かれます。焼かれることに比べたら、切り刻まれることに抵抗はありません。
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ギャップ
りん
>特にこのケースでは、一人ひとり、個別に時間をつくって考えを伝えられる場が必要であったと思います。 そのための時間や対応するするスタッフを用意す...
>特にこのケースでは、一人ひとり、個別に時間をつくって考えを伝えられる場が必要であったと思います。
そのための時間や対応するするスタッフを用意するのが、臨床現場では本当に困難だったりします。やるべきこと、やりたいこと、と、できることのギャップに、日々悩まされています。
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