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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

クルーズ船問題をさらに検証する 次回、取るべき対策は何か?

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グランド・プリンセス号 米CDCはどう対処した?

 前回に引き続き、今回もクルーズ船の話です。「東京がロックダウンされるかどうかの瀬戸際で、今更クルーズ船かよ」とお考えになる方もおいでになると思います。しかし、何事も検証は大事でして、「過ぎたことをつべこべ言う」ことこそが、未来の被害を最小限に抑えるためには必要なのです。過ぎたことを水に流してしまっては、対策の進歩はありえません。

 2月11~21日にサンフランシスコ、メキシコ間を航海したのがグランド・プリンセス号でした。この船はその後、3月まで追加の航海に出ました。最初の航海に参加した1111人のクルー(乗員)と68名の乗客は、第二の航海にも参加していました。

 3月4日に、最初の航海に乗船していた2人がCOVID-19の症状を示しました。最終的には20人以上の方が、最初の航海で新型コロナウイルスに感染していたことが分かりました。

 グランド・プリンセス号は航海を中止し、3月5日に米国CDCのチームがヘリコプターで船内に入り、呼吸器症状のある45人の乗員・乗客に遺伝子検査を行いました。結果、21人が陽性となり、アウトブレイクが確認されました。3月8日にクルーズ船はカリフォルニア州オークランドに上陸し、乗客・乗員が下船、14日間の隔離期間に入りました。

 その後、3月21日までに469人が検査を受けて78人(16.6%)にコロナウイルス感染が判明しました。多くの方が「症状がない」などという理由からコロナウイルス検査を拒否したため、結局、グランド・プリンセス号で何人の感染者が発生したのかは不明のままとなりました。

https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6912e3.htm

https://www.washingtonpost.com/national/grand-princess-passengers-were-quarantined-on-bases-how-many-actually-have-coronavirus-will-remain-a-mystery/2020/03/23/12a91ae4-6bde-11ea-abef-020f086a3fab_story.html

早期の下船、乗員・乗客の隔離と健康監視が必要

クルーズ船問題をさらに検証する 次回、取るべき対策は何か?

大黒ふ頭を離れるクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」(3月25日)

 前回は横浜に来航したダイヤモンド・プリンセス号の話をしました。日米両者の対応について、日本の厚生労働省と米国のCDCのどちらが優れていたかを論じるのはフェアとは言えないでしょう。日本は前例のないミッションを遂行せねばならず、米国は日本の前例を大いに参考にしてミッションに挑みました。いわば「後出しジャンケン」だったのですから。

 純粋に、両アウトブレイクの乗員・乗客における被害を比較するのも困難です。CDCの報告にあるように、両クルーズ船の乗員・乗客の数や特徴は非常に似通っていました。しかし、ダイヤモンド・プリンセス号の場合はおそらくは感染者の存在が明らかになり、検疫隔離に入った段階で、かなりの方々がすでに感染していたであろうことが推測されています。

 グランド・プリンセス号については、前述のように実際の感染者数が不明なままなのですが、報告を見る限りにおいてはダイヤモンド・プリンセス号よりもたくさんの感染が起きていた可能性は低いです。いわば、スタートラインにおける感染者数の違いが、後の感染者数に影響した可能性が高いわけです。よって、総感染者数などといったデータで両者を比較するのは困難でもありますし、妥当とは言えません。

 ただ、次に同様なクルーズ内感染が起きたときには(実際に世界各地で起きてしまっているのですが)、どちらの方法を選択すべきかは明白です。それは米国の方法です。早期の下船、乗員・乗客の隔離と健康監視です。

乗員の感染者が船内で感染を広げた可能性

 日本の国立感染症研究所からも英語で報告がなされており、乗員(クルー)の感染者がさらに感染を広げた可能性が示唆されています。

https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6911e2.htm?s_cid=mm6911e2_w

 それは、2月の速報で出ていたエピカーブでも示唆されていたことです(前稿をご参照ください)。ダイヤモンド・プリンセス号では必要上の理由から、感染リスクのあった乗員はそのまま船内で勤務していました。これがさらなる感染拡大の温床となった可能性が高いのです。よって、乗員に船内で仕事を続けさせる、という選択肢は米国CDCにはありませんでした。消去法で下船というオペレーションになったのです。たとえ、それがどんなに実行困難であったとしても。

 当初、トランプ大統領はこの方針に難色を示しました。下船してしまうと、「国内」の感染者が増えてしまうからです。本稿執筆時点では米国の感染者数は膨大なものとなっていますから、今から振り返れば当時の大統領の懸念は相対的には些細(ささい)なものだったのですが。ただ、日本で同じような政治的な圧力がかかったとき、配慮も忖度(そんたく)もせずに米国CDCと同じように毅然(きぜん)として科学的に妥当な選択が取れたかどうかは、ぼくには分かりません。

「結果を出す」ためのシステムの改善を

 なんといってもサンフランシスコでのオペレーションでよかったのは、CDCのスタッフたちに感染者が出なかったことでした(本稿執筆時点)。ダイヤモンド・プリンセス号で問題だったのは、DMAT、DPAT、厚労省、検疫職員から感染者が出たことで、多くの健康監視も必要としました。これは本来であれば、あってはならないことであり、ある意味「常識」なのですが、こうした感染対策ミッション上の常識すら共有できなかったことは返す返すも残念なことでした。

 報道によると、ダイヤモンド・プリンセス号の感染対策で陣頭指揮にあたった橋本岳厚生労働副大臣は後日の取材において、日本のオペレーションは「最善を尽くし」ていたと述べました。

https://www.asahi.com/articles/ASN3J6GJVN3JUCLV00Q.html

 このコメントの是非は問いません。「最善を尽くす」とはそれぞれの人たちの内的な概念であり、もちろん、未曽有のCOVID-19パンデミックにおいては関係各氏全員が与えられた場所で「最善を尽くして」いるのですから。

 ですが、次に、このような感染クライシスが生じたときは、異なる対応ができるように事前に準備をしていただきたいものです。専門家ではない官僚や政治家が感染現場に入り込まなくても良いように。本来、感染症がミッションのターゲットではない災害のプロ、DMATやメンタルヘルスのプロであるDPATが感染リスクを受けなくても良いように。

 大事なのはシステムの改善であり、個々人の「最善を尽くす」覚悟や努力や団結ではありません。大事なのは「結果を出すこと」、結果を出せる蓋然性を最大化すること。すなわち、プロフェッショナルな仕事をすることなのですから。(岩田健太郎 感染症内科医)

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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