文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

【特別編】高知東生氏 ドラッグで逮捕され、死も考えた――。

シリーズ「依存症ニッポン」

高知東生氏 4年目の覚悟と決意(上) クスリの口実になる、ストレスを探していた

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
id=20200326-027-OYTEI50003,rev=2,headline=false,link=true,float=center,lineFeed=true

依存症の啓発は自分のため

――昨年から、講演会などで依存症の啓発を続けています。となると、薬物で間違いを犯した著名人が復帰するケースに比べて、さらに大きな覚悟と決意が必要となります。

 自分がやってしまったことはもちろんですが、これまでの人生を振り返ってみて、本当に「最低の人間」だったことを自覚しています。だから、なんとか生き直したい。

 依存症の啓発をやらせてもらっているのも、まずは自分のためなのです。自分がしっかりと生き直すため。

 僕自身が薬物に依存していたので、同じ苦しみを持つ人に向けて、今までの人生を語ることで、共感してもらえたり、気づいてもらえたり……。それがお役に立てればいいのですが、まずは自分が生き直していくためにやっていると考えています。

今回のドラマ出演を陰で支えた「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表の話

 たとえ薬物で間違いを犯しても、断ち切れば再起できることを伝えたいと思いました。高知さんは、まだ執行猶予の身だけど、あたかも「謹慎期間」のように誤解され、日ごろの生活まで脅かされていました。

 「執行猶予中には、働くことさえもいけない」と考えてしまうことも、再犯率の高さにつながってしまいます。初めて高知さんにお会いしたときには、「自分は人前に出たくない」と強く言っていました。だけど、そんな社会の風潮を変えるためにも、「復活のアイコン」として、私たちが復帰を望んだのです。

――「華やかな芸能界に戻りたい」と思ったわけではないのですか?

 1年半ぐらい前までは、本当にひどい精神状態で、社会復帰については、考えることさえありませんでした。執行猶予付きの判決だったため、刑務所に入ることはありませんでしたが、刑務所に入っているのと同じような気持ちで、「自分は何もやってはいけない」と自粛していたのです。引きこもりのような状態で、後悔と反省ばかりの毎日でした。

 仕方ないことではありますが、留置場から出てきて、関係者みんなに謝って回ろうとしたら、ほとんどの人から面会を断られてしまった。自分に接触をしてくれた数少ない友人たちでさえ、「4年間が終わるまで、一切、外に出るな。謹慎すべきだ」と言う。

 僕自身も「その通り」と考えるしかありませんでした。

 でも、時間がたつにつれ、自分の内面が悪いほうへ、悪いほうへと流れていき、「もう死ぬべきだ」とも考えるようになりました。

 そんなときに、田中紀子さんが声をかけてくれた。田中さんは、夫婦そろってギャンブル依存に苦しんだ経験者です。それを生かして、同じ悩みを持つ人たちを助けようと、「考える会」で活動している。いろいろ話をして、ようやく、自分の苦しさをわかちあってもらえたんです。一気に気持ちが楽になりました。

自分ではドラッグをコントロールできていると

id=20200326-027-OYTEI50004,rev=2,headline=false,link=true,float=left,lineFeed=true

――「自分は薬物依存だ」との自覚はあったのですか?

 今は自覚しています。ただ、自分でそれを認識できるまで、かなりの時間がかかりました。治療にあたってくれた医師に、「先生、俺は病気じゃないから」と言い張ったこともありました。主治医からは、「重症ではないけれど、まぎれもない病気です」と言われました。今は、いろいろな場面で薬物に頼っていたことを理解しています。

――薬物でも、ギャンブルでも、それがないと生活していくのがつらくなるのが依存症ですが、そんな状態だったのですか?

 そうですね。人間ですから、生活における優先順位があります。家族、仕事、友人、遊びなどの中に、薬物も存在していたとは思いますが、自分で完璧にコントロールできていると考えていました。当初はストレスがたまるごとに使っていたのですが、やがて、すべてを忘れてしまえるような「すっきり感」の魅力に取りつかれていました。

 気が付くと、薬物をやりたいために、ストレスを探している自分がいました。明らかに薬物依存の段階だったと思います。

――薬物をやるためにストレスを探していた? 「このストレスがあるから、薬物に手を出しても仕方ない」と自己肯定をするために?

 そうです。それに加えて、「絶対に俺は捕まらない」という自信があった。なんだったんだろう、あの自信は?

(下) 薬物使用の頻度が高まるたびに「ヤバいな」と

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

someya_prof

染谷 一(そめや・はじめ)

読売新聞東京本社メディア局専門委員
 1988年読売新聞社入社、出版局、医療情報部、文化部、調査研究本部主任研究員、医療ネットワーク事務局専門委員などを経て、2019年6月から現職。

シリーズ「依存症ニッポン」の一覧を見る

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

【特別編】高知東生氏 ドラッグで逮捕され、死も考えた――。

最新記事