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【1】ギャンブルの沼 3 一獲千金の誘惑

シリーズ「依存症ニッポン」

一獲千金の誘惑(下)日本はすでに「疑似カジノ」

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ギャンブルが原因でホームレスに

【1】ギャンブルの沼 3 一攫千金の誘惑(下)日本はすでに「疑似カジノ」

 厚生労働省が2018年に発表した「ホームレスの実態に関する全国調査」によると、対象となった全国1741市区町村で、確認されたホームレスの数は4977人だった。ちなみに、「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」、および「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」によると、「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」がホームレスと定義される。

 約5000人が多いかどうかの判断は難しい。ただ、日本国憲法第25条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と「生存権」が保障されている。定住地、定職を持たず、社会保障など「国民のだれもが持っている権利」さえも放棄しているのだから、ホームレスはすべて「わけあり」と考えていい。

 国内でホームレスへの支援をしてきた「ビッグイシュー日本」共同代表の佐野章二さんは、長年の経験からこう断言する。

 「ホームレスになってしまう最大のきっかけは、借金からの逃亡。とくにギャンブルが原因である割合が大きい」

薬物とギャンブルは、人間の生活を一瞬で破壊する可能性がある

 1991年に英国で生まれたビッグイシューは、月2回、発行元が編集・発行する同名雑誌を、街角でホームレスが販売し、1冊売れるごとに180円のインセンティブ(歩合)が売り手の手元に残るモデルだ。東京や大阪の繁華街などでは、道端に立ったまま雑誌を掲げている人を見かけることがある。

スタッフと打ち合わせをするビッグイシュー日本の佐野章二共同代表(左)

スタッフと打ち合わせをするビッグイシュー日本の佐野章二共同代表(左)

 日本では2003年にスタートしてから、累計で700万部以上が売れ、労働対価としての収入機会を提供することで、ホームレスの自立を支援してきた。もちろん、ホームレス全員がギャンブル問題を抱えているわけではない。それでも、数えきれないほどのホームレスと向き合ってきた佐野さんはこう訴える。

 「人間の当たり前の生活を破壊する可能性には、職場での人間関係、恋愛、アルコール、薬物など様々あります。でも、たちまちのうちに、1人の人間、一つの家族を完璧に破壊してしまう可能性があるのがギャンブルと薬物です。そもそも、借金してまで酒を飲む人はいないからね」

日本は世界一のギャンブル依存大国

 そんな現実を踏まえ、独自に「ギャンブル依存症問題研究会」を立ち上げたビッグイシューは16年、ギャンブル問題当事者の体験談集「ギャンブル依存症からの生還」を発行した。

 「高校生のときにパチンコにはまり、消費者金融からの借金を重ねて、最後にはコンビニ強盗で逮捕された20代男性」「育児ノイローゼのため、子供を預けて逃避したパチンコがやめられなくなり、やがて精神科にかかって安定剤の薬剤治療を受けつつも、泣きながら打ち続けた40代主婦」……。

 掲載された16人の体験を目で追っているだけで、こちらの胸は張り裂けそうになる。

 さらに、ビッグイシューは、15年、18年の2度にわたって冊子「疑似カジノ化している日本」を発行し、気鋭の学者らと一緒に、統計的な根拠などに基づいてギャンブル依存の問題を多角的に検証した。GDP世界第3位の先進国が「疑似カジノ」とは過激だが、まとめられたデータを見る限り、決して大げさではないことが理解できる。

 たとえば、各国の「ギャンブル障害(依存)」の有病者割合。

 米国0.42%(ラスベガスに限ると3.5%)、カナダ0.5%、英国0.5%、スイス0.8%などの数字が並ぶが、日本はなんと3.6%だった。アジアでも、カジノが盛んなマカオでも1.8%なので、日本の突出ぶりは際立っている。しかも、日本国内の08年の調査にさかのぼると、男性9.6%、女性でも1.6%と、目を疑うような結果が出た。

日本国内の電子ギャンブル機数は米国の5倍、イタリアの10倍以上

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 驚くデータはまだある。

 もともと、ギャンブル(賭博)は、伝統的にルーレットやカードなどのテーブルゲームが主流だった。日本でも、江戸時代にはサイコロを使った「丁半賭博」、昭和になると「花札」「賭けマージャン」が中心だった。ところが、90年代からは、スロットマシンなどに代表されるEGM機(Electronic Gaming Machine)が、世界的に広がりを見せた。

 いわば電子ギャンブル機だが、「ゲーム機械世界統計2016」の国別EGM設置台数によると、米国86万5800台、イタリア45万6300台、ドイツ27万7300台などの2位以下を大きく引き離し、日本は457万5500台。文字通り、ケタ違いの結果が出た。日本の場合、それがパチンコ台、パチスロ台であることに疑問を挟む余地はない。

 国ごとの調査方法の違いを考慮したとしても、ビッグイシューが「日本は疑似カジノ化している」と断言していることは大げさではなさそうだ。

「大通りに堂々と、博打宿が出せるんだとよ」

 海外のカジノ施設とは違って、日本国内では人の集まる場所には、必ずといっていいほどギャンブル施設が点在する。これはパチンコだけの問題ではない。最近は減ってきたものの、かつては街のあちこちにマージャン荘があった。そこでは、仲間内だけのゲームにとどまらず、そこに居合わせた者同士が現金を賭けて卓を囲む「フリーマージャン」が当たり前のように行われていた。

 昭和の人気作家、阿佐田哲也は、代表作「麻雀放浪記」の登場人物にこう言わせた。

 「博打ってものア、大きな顔で人前でやるもんじゃねえって教わってきた。俺たちはいつもコソコソ、裏街道を歩いてきたもんだ。ところが、有難え世の中になったもんじゃねえか。戦争に負けたおかげで、大通りに堂々と、博打宿が出せるんだとよ」

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 今でも、都会や地方を問わず、学校の近くだろうが、病院の近くだろうが、大通りに堂々とギャンブル施設がある。阿佐田いわく、「大きな顔で人前でやるものではないと教わってきた」にもかかわらず――。

 そんな国は、おそらく日本ぐらいのものだろう。

規制をする前に調査をすることで…

 だからといって、パチンコ・パチスロ店、競馬や競輪などの公営ギャンブル、麻雀荘、さらに宝くじをやり玉に挙げても意味はない。法律の範囲で、ささやかなスリルを良識的に楽しんでいるファンもいて、ギャンブルが日常生活に潤いを与えるアクセントになっていることも忘れてはいけない。

 「依存の元凶」として、パチンコやパチスロばかりを頭ごなしに糾弾しても解決につながらないし、そもそも法的には「3店方式による遊戯」である以上、強制的に規制をかけたり、閉店させることなどはできるわけがない。機器メーカー、パチンコ・パチスロの店舗、景品交換所などで働いている人がいる。さらに、わずかなお小遣いで「遊戯」を楽しんでいる人の権利もある。

 問題は、日常の風景となっているギャンブル(遊戯)施設ではなく、依存を生み出す構造のほうだ。根本的な解決には時間がかかりそうな分野だが、そもそもギャンブルと依存の関係がきちんと研究されてこなかったことが、日本人の依存症率の高さの原因となっているようだ。

 東京大教養学部の米本昌平客員教授は「これまでは、ギャンブル依存に至る実態については、だれもまともに研究してこなかった。スイスでは、カジノ導入の際、入念に調査をした上で十分に議論し、連邦の賭博法として施行した。そこには、賭博の主催者がとるべき措置や、依存症などの危険防止についてまでも詳細に記されている。日本でも、今後の政策立案の根拠になるように、学術的な研究に取り組むべきだ」と指摘する。

 さらに、1960~70年代の公害問題を例に挙げて、こう付け加える。

 「当時の環境学者で公害問題研究家の宇井純さんは、環境汚染は単に規制をする前に、しっかりと調査をすることで、不思議ときれいになっていくもの、と指摘していた。今まで、だれも調査をせず、きちんと状況を把握してこなかったことも、現在のギャンブル問題を大きくしている」

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ギャンブル依存の治療に保険適用が決定

 2020年2月、20年度の診療報酬の改定が決まり、「ここに来て」というか、「今だから」というか、ギャンブル依存の治療に保険が適用されることが決定した。

 昭和大烏山病院(東京都世田谷区)精神科講師の常岡俊昭医師は「ギャンブル依存が精神疾患であることを、国が認定したことは大きい。患者・家族だけでなく、精神科の医療従事者への啓発としての効果も期待できます」と歓迎する。一方で、「ギャンブル依存の治療には、自助グループや回復施設のほうに実績があります。診療報酬がつくことで、医療機関が患者を囲い込んだり、自助グループの力を衰退させたりする方向に進んではならない」と、保険適用となったことへの懸念も話す。

 ギャンブル依存に対する医療の役割は、川の流れに例えると、最も下流における対処だ。本当に必要なのは、もっと上流で「大人が良識の範囲で楽しめる順法的なギャンブルの存在」「依存しそうな人を、事前に救済する仕組み」「反社会勢力に金が流れ込まないような構造」を作ること。そのために、日本の独自性を考慮しながら時間をかけて調査を行い、現状をきちんと把握することが、まず必要なはずだ。

 図らずも、「カジノを含む統合型リゾート施設(IR)」をめぐって、2019年末には、現職の国会議員が収賄容疑で逮捕された。そこに巨額のギャンブルマネーによる「おいしい利権」が埋まっていることが、皮肉にも国家の代表によって明らかにされてしまった。

 つまり、あまりにも唐突にギャンブル依存の治療が保険適用になったのは、「IR事業を進めるためのアリバイ作り」と勘ぐることもできる。苦しむ人が減るのであれば、アリバイ作りだって歓迎だが、まずは依存に陥らない仕組み、それにセーフティーネット作りこそが、カジノ導入の前に必要ではないか。

 「統合型リゾート」などと「きれいなイメージ」で経済効果を訴える前に、「ギャンブルにおける日本の特殊性」をきちんと理解し、時間をかけた調査研究を先行すべきであることは、この国の現状を見れば明らかなはずだ。

 これ以上、日本の「疑似カジノ化」を進めないためにも。

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染谷 一(そめや・はじめ)

読売新聞東京本社メディア局記者
 1988年読売新聞社入社、出版局、医療情報部、文化部、調査研究本部主任研究員、メディア局専門委員などを経て、2021年5月からメディア局メディア編集部記者。

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1件 のコメント

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ギャンブルは必要なし

jun1326

日本にギャンブルは必要なし。 現在の日本にギャンブルは必要はない。 国や地方公共団体が主催するギャンブルは何があるのだろうか。 多種の宝くじ 競...

日本にギャンブルは必要なし。
現在の日本にギャンブルは必要はない。
国や地方公共団体が主催するギャンブルは何があるのだろうか。
多種の宝くじ
競輪
競馬
競艇
街中ではパチンコ
など、等等が軒をならべ、ひしめいているではないか。
もう、たくさんだ。
ギャンブル依存症は増えるばかり。
依存症は医療費の分野にも食い込み及んでいる。
政治家は認可権で金儲けに狂奔し、国民のことは考えてもいない。
総理大臣然り、雑魚政治家然り、嘆かわしい日本の状況である。
日本は、いずれ、沈没するのではないか。
清く正しい日本は求めても得られないのか。
絶望するばかり。

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