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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

死亡とみなした患者に輸液、検温を続ける看護師の思い…脳死ドナーと家族にどう向き合うか

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同時に進める四つのケア

 私はこの看護師の話から、「このような状況になっても、看護は継続するのだ」という強いメッセージを受けとりました。

 脳死とされうる状態、あるいは法的脳死判定後の患者とご家族に対して、看護師は具体的にどのようなケアをしているのでしょうか。看護師によれば、次の4点を短い時間に同時並行して行う難しさがあるといいます。

 一つは、このケースのように、患者による臓器提供の意思を表示する文書はなく、患者の意思が不明であったとき、臓器移植の選択肢を示された家族が「患者本人の意向がどうだったか」を十分に考え、判断できるよう支援することです。

 次に、最愛の人が突然の事故で亡くなるという状況に置かれた家族への悲嘆ケアです。脳死下の臓器提供が行われる場合、くも膜下出血や頭部のみの外傷など急性発症がほとんどであり、家族は大きな衝撃を受けています。

 三つめは、臓器移植の決断をした後の家族のフォローアップです。熟慮を重ね、移植の決断をしたとしても、「本当にこの決断が本人にとってよかったのだろうか」などと、様々な思いがわき上がってくるはずです。

 四つめは、臓器を移植に適した状態に保つための厳密な循環・呼吸管理です。臓器を保護するために、血圧も一定内に維持できるようにモニタリングしたり、血流を維持するために昇圧剤や輸液を使用したり、医師の詳細な指示に従い、管理をしていかなくてはなりません。

  看取(みと) りなのか、集中治療なのか……。そうしたケアをしているときの心の持ちようは、「何とも表現しがたい」と看護師は語りました。

そこにある「看護の本質」

 「死亡した」とみなしたにもかかわらず、亡くなった患者への通常の死後のケアではなく、身体状況の管理を続けなければなりません。移植を待っている患者のために厳密な循環・呼吸管理をする一方で、看護師のまなざしは、突然に生の終わりに見舞われた患者と、最愛の人の死をいたみながらも苦渋の決断を下した家族へ向けられます。患者と家族に 真摯(しんし) にかかわり続けようとする意思が、看護師自身の苦しさやつらさを生み出しているのです。しかし、だからこそ、「看護の本質」はそこにあると言えるのではないでしょうか。

 「脳死は人の死か?」という命題は、法律ができる前から今に至るまで、長年、議論されてきたことですが、実際に脳死からの臓器提供にかかわった看護師が直面するやりきれない思いは、あまり語られることがなかったと思います。(鶴若麻理 聖路加国際大准教授)

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大准教授(生命倫理分野)、同大公衆衛生大学院兼任准教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。

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