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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

死亡とみなした患者に輸液、検温を続ける看護師の思い…脳死ドナーと家族にどう向き合うか

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 わが国では、1997年に「臓器の移植に関する法律」が施行され、心臓が停止した後に加え、脳死下での臓器移植が可能となりました。2009年にこの法律が改正され、書面で臓器を提供する意思を表示している場合に加え、本人の臓器提供の意思が不明な場合も、家族の承諾があれば臓器提供できるようになりました。また親族への優先提供や15歳未満からの脳死下の臓器提供も可能になりました。

PCの上では「死亡1名」としたが

 救命救急・集中治療領域の看護師は、事故や病気などさまざまな経緯で、脳死とされうる状態になった患者の医療やケアに携わります。また、患者あるいは家族が脳死からの臓器提供を決断すれば、移植まで継続的に患者や家族のケアを担います。脳死とは、大脳、小脳、脳幹を含め全脳髄が、不可逆的に機能消失した状態で、自発呼吸はできず、人工呼吸器の装着が必要となります。

 ある病院の集中治療室は12床で、本日は満床。50代の男性患者は、自動車事故で脳死とされうる状態と診断され、本人は臓器提供意思表示カードをもっていなかったが、家族の承諾で臓器提供をすることに決まった。脳死下の臓器提供を前提とした法的脳死判定は2回行われる。1回目が終了し、6時間経過した後、2回目の脳死判定が行われた。その終了時刻をもって患者は死亡とされた。

 その日、集中治療室でリーダー業務を担っていた看護師は、管理者よりパソコンの病床管理システムで「死亡1名」とするよう指示された。これでパソコン上、集中治療室は1床空いていることになる。ほどなくして、呼吸器内科の医師が、「容態の悪化した患者を集中治療室でみてもらいたい」と連絡してきた。実際にはベッドは空いておらず、事態を説明して事なきを得たが……。

法的には死亡となるけれど…

 集中治療領域で豊かな経験をもつこのリーダー看護師は、脳死臓器移植のドナーにかかわるなかで、違和感をおぼえた経験を語ってくれました。2回の法的な脳死判定を実施した後、事実上、そして管理上も、その患者は入院患者ではなく死亡扱いとなります。この看護師は次のように思いを語りました。

 「目の前に患者さんは存在しているし、血圧や輸液の管理をしたり、検温したり、今までとケアの内容はかわらない。家族とのかかわりもある。法的には死亡となるけれど、亡くなっているとはみなせない」

 この事例にもあるPC上の管理については、このような事態を避けるため、各病院でさまざまな工夫がなされていることでしょう。それを論点とするよりも、脳死下で臓器提供をすることになった脳死患者やその家族のケアにかかわる看護師の、何とも割り切れない思いに注目したいと思います。

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大准教授(生命倫理分野)、同大公衆衛生大学院兼任准教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。

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