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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

クルーズ船二次感染のインパクト あったのか、なかったのか

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感染研が発表したデータを読み解く

クルーズ船二次感染のインパクトあったのか、なかったのか

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の前に並ぶ救急車(2月11日)

  本稿執筆時点で、ダイヤモンド・プリンセス号の乗船者約3700人のうち、感染者は706人となりました。(https://www.youtube.com/watch?v=DiR0Nkl-F6g
 
 クルーズ船は閉じられた空間で長い間、人が同居するため、昔から感染に弱いと考えられてきました。呼吸器感染や下痢症のアウトブレイクが起きてきました。しかし、これほどの規模の感染アウトブレイクは人類史上初と言えましょう。感染症学や疫学の教科書にも記載されるであろう、大事件でした。

 検査をするたびに何十人もの方が陽性になるので、クルーズ船内の感染対策がちゃんと行われていないんじゃないの?という懸念が起きていました。それに対する回答の一つが、国立感染症研究所(感染研)からなされました。2月19日のことです。

発症日から大まかな感染時期を推定

 すべての感染症には潜伏期間があります。新型コロナウイルスの場合は、2~14日程度と考えられ、多くの方は感染7日目前後で発症します。もっとも、全く発症しない「不顕性感染」も多いのですが。

 つまり、検査が陽性になった日は「感染日」ではないのです。感染した日は、ウイルスが目に見えない以上、原理的には正確に言い当てることはできません。しかし、(検査日ではなく、検査結果発表日でもなく)「発症日」がわかっていれば、「感染時期」も大まかには推測することはできます。まあ、ざっくり言えば発症日より1週間かそこら前に感染していたんじゃないのかってことです。

 で、感染研は、その発症日のデータを用いてエピカーブという、発症日を横軸に、発症者を縦軸にとるグラフを作りました。これで感染者の動きを推測するのです(https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9410-covid-dp-01.html)。

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多くは隔離前の感染に見えるが、隔離後にも……

 ここで大事なのはn=151と書かれている図です。青いバーが乗客、オレンジのバーが乗員です。青いバーは2月7日をピークに減り始め、逆にオレンジのバーは2月11日あたりから増えているようです。このグラフをみると、データが示された乗客の多くは2月5日以前、つまり隔離検疫が始まる前に感染していたことが推察されます。そして、乗員の多くはその後にカーブの山が出ていますから、隔離後に感染したのでしょう。本報告はデータを追加した続報が出ていますが、おおむね内容は変わっていません(https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9422-covid-dp-2.html)。

 この発表を得て、ある人はぼくに言いました。「二次感染などなかったのだ。あるいは、ほとんどなかったのだ。だから隔離検疫はうまくいっていた」

 確かに、多くの方は隔離前に感染していました。よって、隔離後に「検査が陽性になる」ことそのものを、隔離の失敗と断定する根拠に使ってはいけません。

発症日未確認や下船後発症のデータが含まれず

 まず、カウントされていないケースが多いことです。発表時点では531人の感染が確認されていました。しかし、そのうち255人は検体が採取されたとき無症状でした。残りの276人が検体採取時に症状があったのですが、そのうち発症日が確認できたのは184人。つまり、92人の方は、「発症していたのに発症日が不明」のままなのです。

 感染研は報告で、二つのカーブの端境期を2月13日であると、示唆しました。その後の乗客の発症は、すべて同室者の乗客の感染で、隔離策がうまくいかないであろうことは分かっていたからです。であるならば、2月13日以降の発症者は当然、隔離後の感染者であると推測するのが自然です。上記の92人と、不顕性感染(だった人)のカウントがなされていない。

 さらに、「検査陰性」で「14日の隔離」を終えた乗客の方々は、クルーズ船を下りました。しかし、ご存じのように、栃木県や静岡県などで下船後の発症者が見つかっています。同様の「下船後の発症者」はオーストラリア、米国、香港、イスラエル、英国などでも見つかっています。

 各種報道の感染者のダブリや症状の有無の記載があいまいなこともあり(無症状のままで検査陽性の場合はここではカウントできないのです)、正確な数は不明なのですが、数えた限りでは30人前後のようです。この数は今後も変化することでしょう。彼らは定義的に「2月13日以降」の発症なので、二次感染と判定すべきです(厚労省や感染研は「感染者」のデータはお持ちだと思うので、ぜひ海外を含めて追跡調査をして「発症者」の全容……ほぼ完全なエピカーブを作ってほしいと願っています)。

「二次感染はわずか」と言えるのか

 706人のうちの30人じゃ、たいしたことないじゃないか、と思うのも間違いです。なぜならば、26日の感染研の続報で検証の対象とされていた「乗客」は、115人だけだからです。要するに、115人の乗客は二次感染ではない(らしい)、30人前後の乗客は二次感染(らしい)という数え方をすべきなのです。他の何百という乗員、乗客は別の数え方をしなければなりません。こうなると、二次感染、ごくわずかとか、言えないんじゃないの……と思いませんか。

 数の数え方……上記の話は、ただの足し算や引き算の話なのですが……は、案外難しいのです。

 繰り返します。クルーズ船の700人以上の感染がすべて隔離の失敗であるかのような報道があるとすれば、それは誇張であり、一種の「デマ」といってもよいでしょう。一方、隔離が成功し、二次感染がなかったか、ほとんどなかったかのように主張してしまうのも間違いです。感染研の報告は貴重でしたが、多くの足りないデータ(missing data)があります。そこも勘定に入れて考えないと、本質的なところはわからないのです。

 本件に限らず、新型コロナウイルス感染の問題が政治化されることがあります。有り体に言えば、政権批判、政権擁護の道具に使われるのです。ぼくも「政府のやり方はおおむね正しい」と言って政権批判派の方々に怒られたり、「クルーズ船の感染対策は間違っていた」と言って政権擁護派の方々に怒られたりしています。あるいは、両方のコメントのせいで、「イワタの言っていることは一貫していない」とすら言われます。これは議論の軸を「政権を褒めるか、けなすか」に置いているからで、ぼくはどちらにも興味はないのです。あるのは事実の把握と、事実の把握に基づく最適案の模索だけです。数字を正しく解釈することも、「事実の把握」には欠けてはならない要素なのです。(岩田健太郎 感染症内科医)

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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新型コロナウイルスの爆発的感染を止めるには、感染者と非感染者を分けることが非常に大事だということが、クルーズ船等で明らかです。 しかし、検査数と...

新型コロナウイルスの爆発的感染を止めるには、感染者と非感染者を分けることが非常に大事だということが、クルーズ船等で明らかです。
しかし、検査数と検査精度の限界で誰が感染しているのか把握しきれない今、⓵明らかな感染者(重症+軽傷)、②症状はないが感染の確率の高い人(患者との濃厚接触者や流行地域からの帰国者)、③感染確率の低い人を分離するのは有効でしょう。
ただ、隔離方法として、病院か自宅かの2拓というのは無理があります。軽症者や濃厚接触者を皆入院させれば病院がパンクしますし、自宅で隔離すれば家族が感染します。そこで今経営危機に陥っているホテルを救うためにも、ホテル側も安全教育を受けた上で、国主導でホテルを⓵軽症患者、②濃厚接触者の隔離施設に一時的に流用することを検討してほしいですね。また、救急車とタクシーの中間にあたるような感染リスク患者の病院への移動手段の提供も、国と民間のタクシー会社とで検討したり、外食産業も隔離施設へのデリバリーも検討するなどして、経営危機を乗り越えてほしいです。

ところで、ダイヤモンドプリンセスの運航会社プリンセスクルーズでは、日本のみならずカリフォルニア、オーストラリアでも集団感染が起きています。クルーズ船については、運航時間や運航会社の安全対策にもよりますが、大規模イベント開催と同じかそれ以上の危険性があるかと思います。政府として入港受け入れ条件を設けて公表しておく必要があると思います。

最後にダイヤモンドプリンセスの乗員のエピカーブについてですが、隔離後の感染はあったと見るのが自然でしょう。ただし、乗客は高齢者が多く、乗員は若い人が多いです。もし、高齢者は潜伏期間が短く、若く健康な人は潜伏期間が長い傾向があるとしたら、このグラフだけでは絶対にあったとは言いきれないかもしれませんね。

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