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夫と腎臓とわたし~夫婦間腎移植を選んだ二人の物語 もろずみ・はるか

医療・健康・介護のコラム

腎提供後、夫がダボダボのパンツだったワケ…移植から2年 ドナーの日記を読み返してみた

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 今年の1月、夫が、「新宿シティハーフマラソン」で自己新記録を更新した。これには驚いた。夫は2年前、39歳で腎臓移植の生体ドナーになり、腎臓を一つ失っているからだ。腎移植後の夫は、傷口のある腰をかばうようにヨチヨチ歩きをしていたし、口数も少なく、「このまま病気がちになるのではないか」と心配するほど元気がなかった。そんな夫が、自己新記録を更新して、キラキラの汗を流している。改めて、「ドナーになる」ということについて夫がどう考えていたのか、確かめたくなった。

体調の変化は3段階で訪れた

 結論を急いでしまった。夫への最初の質問が、「ドナーになったことを後悔してる?」というストレートな質問だった。夫は、「ううん、まったく」と、私の目を見て否定した。「まあ、移植して2年たつからね。正直言うと、移植当時の記憶が薄れつつあるんだ」と言い、夫はカバンから、今もほぼ毎日書いているという 「未来日記」 を取り出した。未来日記のページをめくると、当時の記憶が生々しくよみがえってくる。こんなことも、あんなこともあったよねと二人でため息をつく。悲しい思い出ではない。夫婦で病を乗り越えた、青春のような思い出だ。

 夫によると、腎移植後の変化は、3段階で訪れたという。

  1. 移植直後…痛み、喪失感との闘い
  2. 移植後1週間…不調を抱えたまま社会復帰へ
  3. 移植後半年…ようやく全快。安定した日常を取り戻す

痛みは個人差があるというが…

 最もつらかったのは、手術直後だったそうだ。「眠れないほどの痛み」と夫は苦笑いし、夫的にはこれが「誤算」だったらしい。というのも、手術前にお話を聞かせてくれたドナーの先輩方の大半が「手術の痛み? なんともなかったわよ~!」と、おおらかに笑っていたからだ。特に、お子さんに腎臓を提供した「おかあさん」は、口をそろえてそうおっしゃった。妊娠・出産とは、どれほど壮絶なんだろうと思う。

 「内視鏡手術とはいえ、痛みはありますよね。本当に、ドナーの創部の痛みは個人差がありますから」と、夫をいたわるのは、主治医である東京女子医科大学教授の石田英樹先生だ。ドナーと一口に言っても、感じ方も症状も患者によって異なる。そのため、夫一人の意見を読み手に押し付けることがないよう、夫の記録、記憶に対して、石田先生から補足情報をもらうことにした。

突然、夫を襲った「喪失感」

 夫が精神的につらかったのは、手術の翌日だという。採血で腎機能を測定してもらうと、血清クレアチニン値が、移植前の0.78mg/dlから1.47mg/dlへと、2倍に上昇していたからだ。この時、「腎臓を一つ失った」という喪失感が、突然、襲ってきたという。さらにショックなことがあった。
 未来日記には、こう (つづ) られていた。

 レントゲンから戻る道中で、妻と再会。顔色は良く、僕よりも早く歩けたみたい。自分とのギャップを感じた。はるかさんのクレアチニンの数値は、0.92mg/dl。自分より良い。ちょっとショック……

 これについて、石田英樹先生は次のように解説する。
 「血清クレアチニン値は筋肉の代謝産物であり、一般的には女性より男性の方が高いといわれています。よって、ドナーが男性でレシピエントが女性の場合には、このような逆転現象が起こり得るのです」

 また、一時的に腎機能が落ちたとしても、70~75%まで徐々に回復することがわかっている。その後、ドナーが腎不全になることはまれで、人工透析を受けるリスクは0.5%未満とされている。ドナーの先輩には、0.7mg/dl台という驚きの数値をキープしておられる方もいる。

 次に、きつかったのは、移植後1週間のこと。職場復帰の日がやってきたのだ。手術の影響で、おそるおそる歩く体力しかない。東京のラッシュアワーは体にこたえるので、通常より1時間早く出勤するようになった。苦しかったのは、手術のダメージが、外見ではわからないことだ。最初の1週間は、「病み上がり」ということで、同僚も気を使ってくれたそうだが、翌週からは、誰もが夫が手術したことを忘れた。管理職として夫に求められることは多かったが、弱音を吐かず、必死になって働いた。

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もろずみ・はるか

医療コラムニスト
 1980年、福岡県生まれ。広告制作会社を経て2010年に独立。ブックライターとしても活動し、編集協力した書籍に『成約率98%の秘訣』(かんき出版)、『バカ力』(ポプラ社)など。中学1年生の時に慢性腎臓病を発症。18年3月、夫の腎臓を移植する手術を受けた。

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