なが~く、楽しくお酒と付き合うために 重盛憲司
医療・健康・介護のコラム
バーテンダーがいる店で、心身のストレスを解消したい
昨年9月、私は大型台風の迫る東京・晴海の会場で、日本各地から集まった100人ほどのバーテンダーたちを相手に、お酒についてのお話をしました。長年アルコール依存症の治療に携わってきた精神科医として、「飲酒と健康」というテーマで講演を、という依頼だったのですが、「お酒を扱うプロフェッショナルである彼らに、どんな話をしたら役立つだろう」と考え、「 酩酊 と良い飲ませ方」について話すことにしました。
お客さんにどれくらいのお酒を飲ませるのか
9月とはいえ、まだまだ残暑の厳しい季節です。私はお気に入りのアロハシャツを着て会場入りしました。すると、バーテンダーの皆さんは、そろいのブレザーをビシッと決めて着席しているではありませんか。彼らのプロ意識に少し 気圧 されましたが、私もプロフェッショナルです。たとえアロハシャツを着ていても、いい加減な気持ちで臨んでいるわけではありません。講演の中身で勝負です。
「バーテンダーの皆さんにとって、良い飲ませ方とはどんなものでしょうか」。聴衆に問いかけるように話を進めます。
「お客さんがいい気分になる頃合いまで飲ませて、またお店に来たいな、と思わせられたら成功ですね」。小さな笑いが起こり、場が和みました。
「適量の飲酒は健康に良いなどと言われていますが、バーテンダーのいるようなお店に来る、飲みなれたお客さん相手では、一般的に言われている『ほろ酔い』相当のお酒を飲ませるだけでは、ちょっと足りませんよね」
会場のバーテンダーたちがうなずきます。きっと思い当たる節があるのでしょう。
「そうかと言って、強いカクテルを次々飲ませて、翌日には記憶も財布もすっからかんでは、そのお客さんは二度とその店に来てくれないでしょう」。再び小さな笑いが起きました。
目指すのは単純酩酊と複雑酩酊の間
その後、以前 このコラム でも紹介した単純酩酊と複雑酩酊など、酩酊の種類について説明しました。単純酩酊はほろ酔い、複雑酩酊はアルコールに刺激されて興奮したり、言うことが支離滅裂になってきたりした状態です。バーテンダーが目指すところは単純酩酊と複雑酩酊の境目あたり、アルコール摂取量で言うと、4~6単位(ウイスキーならダブルで2杯程度)ぐらいと話しました。
バーテンダーの腕の見せ所は、客がそのアルコールを摂取する時間を、どのように演出するかというところでしょう。美しい所作でカクテルを作り、気の利いた話題を提供することも大事でしょうが、私自身の好みで言うと、黙ってアイスピックで氷を削りながら、優しい表情で愚痴を聞いてくれるようなバーテンダーが理想です。
たとえバーテンダーが何も言わなかったとしても、そこにはコミュニケーションが存在します。バーテンダーのさりげない心遣い、優しさがそこにあり、客はひと時の癒やしを得るのです。同じ6単位のアルコールでも、嫌なことを忘れようと一気に飲むのと、誰かに話を聞いてもらいながらゆっくり飲むのとでは、心身に与える影響が異なります。
人間関係のストレスは人にしか癒やせない
急激な血中アルコール濃度の上昇は、内臓に負担をかけるのはもとより、急性アルコール中毒やブラックアウトなどのリスクを高めます。そして、お酒を飲んで忘れたはずの「嫌なこと」は解決されないまま残っており、心を重くさせることでしょう。
昨今は直接的な対人コミュニケーションを面倒なものととらえ、食事もお酒を飲むのも一人が気楽でいいという風潮がありますが、人間関係によるストレスと無縁で生きていくわけにいかない以上、上手なストレスの解消法を身に付けるのは必須と言えるでしょう。SNSなどで不特定多数の相手に自分の言いたいことを発信するのは、一時的に気持ちが晴れるかもしれませんが、新たなストレスの種にもなる 諸刃 の剣です。
今回、大勢のバーテンダーを前に話をしてみて、私自身も「良いバーテンダーがいる店でお酒を飲める喜び」を再確認しました。彼らは略称である「バーテン」ではなく、「バーテンダー」と呼ばれることを望んでいます。私にとっては、バーにいるテンダー(優しい)な人。人間関係で受けたストレスは、やはり人にしか癒やせないのだなあと思います。(重盛憲司、精神科医)
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