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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

新型コロナウイルス 崖っぷちの日本に活路はあるか

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迅速な情報公開は良かったが……

新型コロナウイルス感染症対策本部で指示を出す安倍首相(右から3人目)

新型コロナウイルス感染症対策本部で指示を出す安倍首相(右から3人目)

 今回も新型コロナの話です。前回アップしたのが1月23日で、あれから1か月もたっていないのですが、状況はその間に大きく変化しています。

 中国の患者数が激増し、死亡者も1700人を超えました。一方、日本でも散発的にあちこちで感染者が見つかるようになり、警戒心が高まっています。政府、厚生労働省の方針もこの間、何度も変更されました。

 さて、ぼくは2月5日、あるジャーナリストとの勉強会で「日本の感染拡大予防策はおおむね成功している」と述べました( https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/coronavirus-dr-iwata )。同時に「今は新型コロナウイルスがこの先、終息するのか流行するのかどうかの瀬戸際にある」「武漢での感染拡大は深刻な状況」「武漢のケースが示しているのは、新型コロナウイルスは患者数が増えるとまずいということ」「単発的な感染だけではそこまで恐れる必要はない」とも述べました。

 が、「日本の対策はうまくいっている」と思ったのは、ガードの上げ下げ、情報の出し方が上手だったからです。

 感染対策は「これが正しい」という一意的なものではありません。ガードの上げ下げの塩梅(あんばい)、落とし所の落とし方が大事なのです。簡単に言えば、街を封鎖し、外出を禁止し、戒厳令でも出せば、たいていの感染症の流行は止まります。しかし、それでは私たちの社会生活は大きく損なわれてしまいます。もちろん、ノーガードで、なすがままなのはもっとよくありません。極論に走らずに上手に微調節するのが大事なのです。

 厚労省の態度で良かったのは、迅速な情報公開の態度と、同時に(やや矛盾するようですが)感染者のプライバシーの保護を徹底していたからでした。

 かつての厚労省は隠蔽体質が強く、裏で何がどう行われているかも定かではなく、バックヤードで誰かが何かを何らかの事情で決めてしまってから、いきなり「こう決まったから」と通知を出してくる、木で鼻をくくるような態度でした。情報は出さないのが偉い、「ここだけの裏話」を知っているインサイダーだけが偉い、といういびつな組織構造でした。かつての官僚がとても偉かったのは、この情報を持つものと持たざるものの格差を活用していたからです。

 ところが、今回は丁寧な記者会見、内線番号まで開示しての問い合わせへの応答、かつ患者の個人情報は守るぞ、という姿勢が明確でした。ぼくはそこに好感を持ったのです。ネットでは「岩田は厚労省の提灯(ちょうちん)担ぎをしている」「御用学者」と難ずる人もいましたが、いいものはいい、悪いものは悪いと判断し続けるのが科学者やジャーナリストの正しい態度です。厚労省のやっていることは何でも悪い、というバッシング主義は、なんでも忖度(そんたく)して政府の太鼓持ちみたいになる御用学者の態度とカードの表裏の関係にはありますが、本質的には「同じこと」です。

保健所で検査を拒まれる例が

 もちろん、初期対応がよかったとはいえ、厚労省は感染対策において所詮は素人集団で、専門家ではありません。諸外国のように感染症などと専門的に対峙(たいじ)する組織(CDC)を持たない日本では、テクニカルなところで細かいエラーを重ねました。無症候の人物に検査をしたのがその一例で、臨床の感染症のプロなら絶対にやらないことです。よって、短期的には頑張って、まあまあ上手にやっている日本の感染対策も、いずれは専門家集団のCDCに移行すべきとも思っていました。

 ところが、「あ、これはやばいかもしれない」とぼくは、にわかに危機感を高めるようになりました。それは保健所の検査と、クルーズ船です。

 厚労省は新型コロナウイルス感染の検査対象を示していましたが、あれはおおざっぱな基準で、その証拠に基準は二転三転しました。要するにあれは「手続き」であり、科学的「真実」ではなかったのです。

 日本は「感染の広がりは抑え込む」がミッションですから、ウイルス感染の可能性が高ければ、基準を満たそうが満たしていなかろうが隔離し、検査するのが大事です。「手続き」ではなく「ミッション」から逆算するのが、「結果」にこだわるプロの態度だからです。

 しかし、多くの保健所で「国の基準を満たさない」という理由で、検査を拒む事例が相次ぎました。このせいで感染者を捕捉できなかった事例が全国に多々あったであろうことが推測されます( https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/202002/CK2020021202000124.html )。ぼくも2月6日のツイッターで、このことに懸念を表明しています。

 ただ、これは国の問題というよりも、むしろ保健所の方の問題と言えましょう。日本は昔から上意下達で、保健所は国から方針を示されないと何もしない。自分で判断することができないのが問題です。おかみべったり体質で、箸の上げ下ろしまで全部、指南してもらわないと動けない。本来なら、保健所が自己判断で「国の基準を外れていても臨床的には疑いが強いから検査する」と判断すればよかったのです。実際、そのような判断をした機動力のある保健所だってあったのです。

 2001年の炭疽(たんそ)菌感染問題では、当時ぼくがいたニューヨーク市は独自の判断で次々と診療方針を改めていました。このへんは、日本の臨床現場や公衆衛生部門の感染症対策の「自力」の不足を露呈しています。

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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5件 のコメント

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検査対象の絞り込みと休校の何故を考える

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

新聞各紙にはピークを押し下げるイメージ図と休校のニュースばかり出ていますけど、結論だけ与えられても、その何故がよくわかりませんね。 SNSで検査...

新聞各紙にはピークを押し下げるイメージ図と休校のニュースばかり出ていますけど、結論だけ与えられても、その何故がよくわかりませんね。

SNSで検査の有無を巡る論争なども見ていますが、コロナウイルスの咽頭検査には保菌者、感染者、重症発症者の区別をつける能力がおそらくないので、圧倒的な感染能力を持つ新型コロナウイルスの前ではほとんど検査自体の意味がないという説明があれば多くの人は頭では理解できるのではないでしょうか。
そして、その強い感染力により、人ごみの中に居るということが、みなし保菌者になって、確率論で発症者を作ると考えれば、休校も分かります。
検査や治療は検査そのものや医療機関のパンクが目的ではなく、個々や集団の被害を最小限に抑えるためのものです。
その辺が、診断治療への期待や願望と現実の乖離のしがちなところで、医療の宗教性と多様性を勘案した多彩な説明や説得が大事になります。
人ごみの発生を抑えるために、全ての経済活動全体さえ押し下げたいところですが、政治経済として現実的ではありません。

感染力やその被害を最大限に見積もった時の対応として、今回の対応はおかしくないと思いますが、マイナー感染症や医療インフラの運用の実際がわからなければ、自分の日常や経済活動が侵害されたように感じるのも仕方ないと思います。
一方で、特効薬もなければ、類似疾患も含めたインフラが整ってない以上、他の不利益を飲んででも、感染や発症のスピードを遅らせつつ、対策を形作るしかないのではないかと思います。

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クルーズ船

ウイルスバスター

クルーズ船は本当に心配です。 厚労省が、「陰性として下船された23人は、2/5以降検査をしてなかった」として謝罪しましたが、ということは、2/6...

クルーズ船は本当に心配です。
厚労省が、「陰性として下船された23人は、2/5以降検査をしてなかった」として謝罪しましたが、ということは、2/6とか2/7に検査で陰性になった人は、それから船で10日以上も滞在されてるにも関わらず、陰性として問題なく下船して公共交通機関で帰って普通の生活に戻るのだと驚きました。クルーズ船の外国人は、日本で陰性でも、母国に帰ったら陽性だった人が続出し、母国で14日間に隔離する国がほとんどなのに、日本はあくまで、14日間の検疫(隔離)は成功したという姿勢を崩さないんですね。(再度の隔離が申し訳ないという気持ちはわかりますが)
神奈川県の病院など、すでに外国人を含んだダイヤモンドプリンセスのコロナウイルス陽性者をたくさん受け入れてるので、今後県民に感染が広がったときに、県民が医療を受けられるかという心配もでてきます。

また、船長の国籍、船籍、運行会社はそれぞれ別の外国なのに、日本が負担を抱え込んでしまったと良くなかったかと思います。
何千人もの多国籍の乗客乗員がいるのですから、乗客も多く運行会社のある米国等に協力を求めても良かったと思います。この何千人もの人数を安全に陸地で隔離する場所はなかなかないでしょうから、軍で持っているような船を提供してもらって、そこに安全に移して隔離するなどです。

船の運行会社の顔も、ほとんど見えませんでした。これが飛行機だったら、もっと航空会社が前面に出ると思います。ダイヤモンドプリンセスの運行会社が、隔離用にもう一隻汚染されてないクルーズ船を用意して、そこで隔離するとかできないのかなと思いました。船が一隻しかないなら、他の運行会社と、疫病が蔓延したときにお互い隔離用にクルーズ船を融通し合うという取り決めをしておくなどです。疫病が流行ったときに対応できるような船の構造にしておく必要もありますね。

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いまそこに在る危機

この国の行方

厚労省職員がクルーズ船に立入検査する姿などに違和感を持っていましたが、「CDCを持たない日本」の一言で現状に納得できました。今後は早急に代替組織...

厚労省職員がクルーズ船に立入検査する姿などに違和感を持っていましたが、「CDCを持たない日本」の一言で現状に納得できました。今後は早急に代替組織を立ち上げて科学的見地、および事実に即した感染拡大防止・早期収束を進めて頂きたい。併せて各企業・個人レベルでの対応も必須。

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