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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

新型コロナウイルス 崖っぷちの日本に活路はあるか

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SARSをきっかけに変わった中国

 誤解してもらっては困りますが、ぼくは政府や厚労省のやり方がけしからん、と文句を言いたいわけではないのです。未曽有のアウトブレイクで、うまくいくことばかりとは限りません。うまくいくことも、いかないこともあります。しかし、何がうまくいって、何がうまくいかなかったのか。それを曖昧なままにして「みんな、いろいろあったけど頑張ったよねー」で終わりにしてはいけません。

 うまくいかなかったことを、ちゃんと開示するのは国の責務です。2001年に米国が炭疽菌でしくじったときも、02-03年にSARSでカナダの院内感染が起きたときも、15年に韓国の病院でMERSのアウトブレイクが起きたときも情報は開示され、問題点は明確になり、そして改善策が施されてきました。

 09年の新型インフルでも「やはり日本にもCDCが必要だ」「ワクチンについてはACIPのようなきちんとした取り決めをする機関を作らねば」という意見を出しました。が、「いろいろあったけど、みんな頑張ったよねー」の空気だけが場を支配し、両者は10年以上たった今でも作られないままです。

 そして、それが原因で日本の予防接種政策は前時代的なままです。非科学的な根拠でHPVワクチンは推奨されないままで、日本では子宮頸がんという重大な疾患でたくさんの死者が出るのを、継続的に看過し続けているのです。科学ではなく空気や情緒がものを決めているから、そうなるのです。

 中国でCOVID-19が流行し出したとき、日本からは「中国は情報を隠蔽しているんじゃないか」という一種の陰謀論が起きました。確かに、02-03年のSARSのときは中国は情報開示を渋り、そのために国際社会から強く非難されました。そのときの反省が中国版CDCを作りました。そして、中国は世界有数の大国に成長し、大国としてのプライドをかけてこの感染症と闘っています。

 2月7日、新型コロナウイルスの感染拡大について、中国政府が公表する前に警鐘を鳴らし、警察から処分されていた病院の医師がCOVID-19のために死亡しました( https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200208/k10012277771000.html )。彼は感染の流行をSNSで警告し、警察から取り調べを受けて処分を受けていました。

 ぼくは03-04年に北京で診療していましたから、中国に優秀な医師がたくさんいることは知っています。それよりも驚いたのは、この医師の警鐘や、死亡のニュースが、ちゃんと世界に広がったということでした。昔の中国だったら、こんな気骨ある医師の告発は絶対に握りつぶしていたはずなのです。

 中国の情報開示がどこまでオープンなものかは、ぼくにも判然としません。しかし、そのレベルは少なくともSARSのときよりも比べ物にならないくらい高いものになっています。

抑え込むことを諦めてはいけない

 さて、中国の「隠蔽体質」を揶揄(やゆ)していた日本は我が身を翻ってどうでしょう。各担当者たちは、中国で死亡した医師に胸を張って言えるくらい、自分たちのプライドに十分な誇り高い仕事をしているでしょうか。疲れ果てるまで仕事をしているか、ではありません。ちゃんとプロとしての結果を出せる、「事実」に敬意を払った仕事ができているか、です。

 新型インフルのときは、世界中が大変でしたからどの国も日本がどうなっているか、なんて気にもとめませんでした。しかし、今は違います。世界中が日本に注目しています。

 「いろいろあるけど、みんな頑張っているんだよ。決めたことなんだから文句言うな」という空気と情緒と年功序列がものを決めるエートスが許されるのは国内だけです。情報開示をしなくても許してもらえるのも、国内だけです。国際社会で日本が本当にプレゼンスとアカウンタビリティーを示すことができるのか。プロとしての感染症対策を全うできるのか。ちゃんと「結果」を出して、この感染症危機を抑え込むことができるのか。世界中が見ています。本当の本当に正念場なのです。

 このウイルス感染が国内で蔓延(まんえん)しているのか、していないのかについては諸説あります。しかし、ここは絶対に勘違いしてはいけないのですが、仮に蔓延していたとしても、そこで諦めてよいわけではないのです。武漢ですら諦めていない。抑え込まねば、抑え込めないのです、この感染症は。このまま座して感染の拡大を傍観してしまえば、武漢と同じことが起きます。それは都市機能の低下、街の閉鎖など大きな方針変換を意味するかもしれません。日本に新しい病院をあっというまに建造するような「覚悟」がはたしてあるでしょうか。

 今回の新型コロナ騒ぎで、日本は日本の感染症界が長く持っていた弱点をさらけ出しました。日本は「ちゃんと」やっているわけではなかったのです。それは仕方がない。しかし、その事実と向き合うことなく、いつものように観念と情緒と空気作りで寝技交じりの仕事をしていたら、国際社会は日本を軽蔑し、見限ることでしょう。

 ぼくは、日本の感染症のプロとして、このような展望は到底受け入れがたいのです。(岩田健太郎 感染症内科医)

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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5件 のコメント

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検査対象の絞り込みと休校の何故を考える

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

新聞各紙にはピークを押し下げるイメージ図と休校のニュースばかり出ていますけど、結論だけ与えられても、その何故がよくわかりませんね。 SNSで検査...

新聞各紙にはピークを押し下げるイメージ図と休校のニュースばかり出ていますけど、結論だけ与えられても、その何故がよくわかりませんね。

SNSで検査の有無を巡る論争なども見ていますが、コロナウイルスの咽頭検査には保菌者、感染者、重症発症者の区別をつける能力がおそらくないので、圧倒的な感染能力を持つ新型コロナウイルスの前ではほとんど検査自体の意味がないという説明があれば多くの人は頭では理解できるのではないでしょうか。
そして、その強い感染力により、人ごみの中に居るということが、みなし保菌者になって、確率論で発症者を作ると考えれば、休校も分かります。
検査や治療は検査そのものや医療機関のパンクが目的ではなく、個々や集団の被害を最小限に抑えるためのものです。
その辺が、診断治療への期待や願望と現実の乖離のしがちなところで、医療の宗教性と多様性を勘案した多彩な説明や説得が大事になります。
人ごみの発生を抑えるために、全ての経済活動全体さえ押し下げたいところですが、政治経済として現実的ではありません。

感染力やその被害を最大限に見積もった時の対応として、今回の対応はおかしくないと思いますが、マイナー感染症や医療インフラの運用の実際がわからなければ、自分の日常や経済活動が侵害されたように感じるのも仕方ないと思います。
一方で、特効薬もなければ、類似疾患も含めたインフラが整ってない以上、他の不利益を飲んででも、感染や発症のスピードを遅らせつつ、対策を形作るしかないのではないかと思います。

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クルーズ船

ウイルスバスター

クルーズ船は本当に心配です。 厚労省が、「陰性として下船された23人は、2/5以降検査をしてなかった」として謝罪しましたが、ということは、2/6...

クルーズ船は本当に心配です。
厚労省が、「陰性として下船された23人は、2/5以降検査をしてなかった」として謝罪しましたが、ということは、2/6とか2/7に検査で陰性になった人は、それから船で10日以上も滞在されてるにも関わらず、陰性として問題なく下船して公共交通機関で帰って普通の生活に戻るのだと驚きました。クルーズ船の外国人は、日本で陰性でも、母国に帰ったら陽性だった人が続出し、母国で14日間に隔離する国がほとんどなのに、日本はあくまで、14日間の検疫(隔離)は成功したという姿勢を崩さないんですね。(再度の隔離が申し訳ないという気持ちはわかりますが)
神奈川県の病院など、すでに外国人を含んだダイヤモンドプリンセスのコロナウイルス陽性者をたくさん受け入れてるので、今後県民に感染が広がったときに、県民が医療を受けられるかという心配もでてきます。

また、船長の国籍、船籍、運行会社はそれぞれ別の外国なのに、日本が負担を抱え込んでしまったと良くなかったかと思います。
何千人もの多国籍の乗客乗員がいるのですから、乗客も多く運行会社のある米国等に協力を求めても良かったと思います。この何千人もの人数を安全に陸地で隔離する場所はなかなかないでしょうから、軍で持っているような船を提供してもらって、そこに安全に移して隔離するなどです。

船の運行会社の顔も、ほとんど見えませんでした。これが飛行機だったら、もっと航空会社が前面に出ると思います。ダイヤモンドプリンセスの運行会社が、隔離用にもう一隻汚染されてないクルーズ船を用意して、そこで隔離するとかできないのかなと思いました。船が一隻しかないなら、他の運行会社と、疫病が蔓延したときにお互い隔離用にクルーズ船を融通し合うという取り決めをしておくなどです。疫病が流行ったときに対応できるような船の構造にしておく必要もありますね。

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いまそこに在る危機

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厚労省職員がクルーズ船に立入検査する姿などに違和感を持っていましたが、「CDCを持たない日本」の一言で現状に納得できました。今後は早急に代替組織...

厚労省職員がクルーズ船に立入検査する姿などに違和感を持っていましたが、「CDCを持たない日本」の一言で現状に納得できました。今後は早急に代替組織を立ち上げて科学的見地、および事実に即した感染拡大防止・早期収束を進めて頂きたい。併せて各企業・個人レベルでの対応も必須。

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