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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

新型コロナウイルス 崖っぷちの日本に活路はあるか

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クルーズ船対応方針を転換  情報公開は乏しいまま

 このような超重大事項が懸念されているにもかかわらず、厚労省はこの点について何のコメントもせず、情報開示もありませんでした。これまでの良好な情報マネジメントから一変して「何もわからない、何も教えてもらえない」不可解な状態に転じたのです。あるいは「かつての厚労省のように戻った」と言い換えても良いかもしれません。

 厚労省が急に態度を一変させたのか、誰かの横やりが入ったのか、日夜、激務を強いられた官僚たちが疲れ果ててしまったのか、あるいは未曽有のクルーズ船内感染の中で、素人集団であることの限界が露呈したのか。情報が開示されていない理由すら開示されていない現在、ぼくらにできるのは推測だけです。しかし、いずれの仮説であってもクルーズ船のマネジメントが非常に大きな問題だという一点に変わりはありません。

 その後、日本環境感染学会の調査チームが入りましたが、結局、二次感染のリスクについては「よくわからない」状況のままで、「国のチームの調査」を待っている段階です( https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55605280T10C20A2CC1000/ )。そして、厚労省はこれまでの対応を一変させて、一部の乗客を五月雨式に下船させるという決定をしました。しかし、上述のようにこの問題は大問題、かつ緊急性の高い問題です。最終報告書が何か月もたってから出る、というのでは遅すぎ ます。

エピカーブの情報開示を

 キーとなるのはエピカーブです。エピカーブとは感染事例を時間ごとに記載するやり方ですが、今回のクルーズ船の場合は、検査がアドホックに行われたために通常の「報告日」は役に立ちません。各患者の「発症日」を記述する必要があります。それも、フロアごとの、船の左右の、船の前後の。そうやって全体として何が起きていたのかを明確に把握する必要があります。これがあれば、かなりの確度で「真実」に迫れます。

 エピカーブは、とっくにできているはずです。だから、それを即座に開示すればよいのです。情報は国民に、そして世界にきちんと開示されるべきです。なぜ、それができないのか。

 国内での新規感染者が発見されるようになり、2月14日に安倍首相は専門家をメンバーとする新たな会議を設置することに決めました( https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200214/k10012286101000.html )。新たな施策をとったということは、これまでの施策に何らかの問題があったと認識されたことを意味しています。

 が、何が問題で、何が予定の範囲内だったのかが明らかにされていません。国内で感染者が散発的に見つかることは、当初からありえるケースとして予想されていたはずです。そもそも専門家を招聘(しょうへい)するのが今かよ、という今更感もあるのですが、この辺についても情報開示はないままです。専門家の会議に何が期待されているのかすら、はっきりしませんが、最悪なのはこれまでの政府、厚労省のやり方を正当化する追認組織になってしまわないかということです。人選が政府、厚労省である以上、ありそうな話です。そもそも、現在必要なのは「会議」ではなく、日々の前線でのプロフェッショナルなリーダーシップなのですが。

 専門家会議に招聘された人物の一人、尾身茂氏(世界保健機関(WHO)元西太平洋事務局長)は2009年の新型インフルエンザ問題でも先頭に立って指揮をとっていました。彼は記者会見で、「(2009年の新型インフルエンザは)対応にはいろいろ批判もあったが、実は日本は世界でもダントツに死亡率が低かった」と述べました( https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20200213-00162972/ )。

 しかし(これは当時の新型インフル総括会議でも議論されたのですが)、世界でダントツに死亡率が低かったのは日本だけではありません。欧州各国などでもやはり死亡率は低かったのです。日本では早期医療機関受診や抗ウイルス薬の投与が良かったのだ、という説が流され、「やはり日本はよかった」という話になりそうでしたが、実際には抗ウイルス薬などをほとんど使わなかったドイツやフランスでも死亡率は低かった。このような事実は無視されています。いつも事実は無視されるのです。そして、残るのは情緒と空気だけなのです。

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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5件 のコメント

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検査対象の絞り込みと休校の何故を考える

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

新聞各紙にはピークを押し下げるイメージ図と休校のニュースばかり出ていますけど、結論だけ与えられても、その何故がよくわかりませんね。 SNSで検査...

新聞各紙にはピークを押し下げるイメージ図と休校のニュースばかり出ていますけど、結論だけ与えられても、その何故がよくわかりませんね。

SNSで検査の有無を巡る論争なども見ていますが、コロナウイルスの咽頭検査には保菌者、感染者、重症発症者の区別をつける能力がおそらくないので、圧倒的な感染能力を持つ新型コロナウイルスの前ではほとんど検査自体の意味がないという説明があれば多くの人は頭では理解できるのではないでしょうか。
そして、その強い感染力により、人ごみの中に居るということが、みなし保菌者になって、確率論で発症者を作ると考えれば、休校も分かります。
検査や治療は検査そのものや医療機関のパンクが目的ではなく、個々や集団の被害を最小限に抑えるためのものです。
その辺が、診断治療への期待や願望と現実の乖離のしがちなところで、医療の宗教性と多様性を勘案した多彩な説明や説得が大事になります。
人ごみの発生を抑えるために、全ての経済活動全体さえ押し下げたいところですが、政治経済として現実的ではありません。

感染力やその被害を最大限に見積もった時の対応として、今回の対応はおかしくないと思いますが、マイナー感染症や医療インフラの運用の実際がわからなければ、自分の日常や経済活動が侵害されたように感じるのも仕方ないと思います。
一方で、特効薬もなければ、類似疾患も含めたインフラが整ってない以上、他の不利益を飲んででも、感染や発症のスピードを遅らせつつ、対策を形作るしかないのではないかと思います。

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クルーズ船

ウイルスバスター

クルーズ船は本当に心配です。 厚労省が、「陰性として下船された23人は、2/5以降検査をしてなかった」として謝罪しましたが、ということは、2/6...

クルーズ船は本当に心配です。
厚労省が、「陰性として下船された23人は、2/5以降検査をしてなかった」として謝罪しましたが、ということは、2/6とか2/7に検査で陰性になった人は、それから船で10日以上も滞在されてるにも関わらず、陰性として問題なく下船して公共交通機関で帰って普通の生活に戻るのだと驚きました。クルーズ船の外国人は、日本で陰性でも、母国に帰ったら陽性だった人が続出し、母国で14日間に隔離する国がほとんどなのに、日本はあくまで、14日間の検疫(隔離)は成功したという姿勢を崩さないんですね。(再度の隔離が申し訳ないという気持ちはわかりますが)
神奈川県の病院など、すでに外国人を含んだダイヤモンドプリンセスのコロナウイルス陽性者をたくさん受け入れてるので、今後県民に感染が広がったときに、県民が医療を受けられるかという心配もでてきます。

また、船長の国籍、船籍、運行会社はそれぞれ別の外国なのに、日本が負担を抱え込んでしまったと良くなかったかと思います。
何千人もの多国籍の乗客乗員がいるのですから、乗客も多く運行会社のある米国等に協力を求めても良かったと思います。この何千人もの人数を安全に陸地で隔離する場所はなかなかないでしょうから、軍で持っているような船を提供してもらって、そこに安全に移して隔離するなどです。

船の運行会社の顔も、ほとんど見えませんでした。これが飛行機だったら、もっと航空会社が前面に出ると思います。ダイヤモンドプリンセスの運行会社が、隔離用にもう一隻汚染されてないクルーズ船を用意して、そこで隔離するとかできないのかなと思いました。船が一隻しかないなら、他の運行会社と、疫病が蔓延したときにお互い隔離用にクルーズ船を融通し合うという取り決めをしておくなどです。疫病が流行ったときに対応できるような船の構造にしておく必要もありますね。

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いまそこに在る危機

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厚労省職員がクルーズ船に立入検査する姿などに違和感を持っていましたが、「CDCを持たない日本」の一言で現状に納得できました。今後は早急に代替組織...

厚労省職員がクルーズ船に立入検査する姿などに違和感を持っていましたが、「CDCを持たない日本」の一言で現状に納得できました。今後は早急に代替組織を立ち上げて科学的見地、および事実に即した感染拡大防止・早期収束を進めて頂きたい。併せて各企業・個人レベルでの対応も必須。

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