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医療・健康・介護のコラム

「治療を続けるなら、辞めてほしい」と会社が…「不妊退職」の経済的損失は1345億円!?

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 メーカー勤務のKさん(37)は、今、大きな壁に突き当たっています。

 「これ以上は不妊治療を続けることも困難で、しかも、仕事か治療か、どちらかを選ばなくてはならない。どうしたらいいかわからない」という、不妊治療を経験した人なら、多かれ少なかれ抱えたことがある悩みです。

夫の病気と不妊の治療で貯金ゼロ

働く女性の5人に1人「不妊退職」 経済的損失は1345億円!?

 Kさんが不妊治療を始めたのは29歳の時。まだ結婚1年目でしたが、周囲の友人や会社の同僚が次々に妊娠、出産をしていく中で、自分たちだけがなかなかできなかったので、気持ちがあせってきたそうです。検査は受けた方がいいかと思って病院に行き、そのまま治療に進みました。しかし、タイミング法から人工授精へと進もうとした矢先に夫に病気が見つかったため、不妊治療は中断して、そちらの治療に専念。幸い無事に完治して、不妊治療を再開することができたものの、その時には35歳になっていたといいます。

 「もう5年もたっていたので、すぐに体外受精から始めたのですが、なぜだか、全然妊娠できなくて……。かすりもしないんです。主人の治療の影響はないだろう、とは言われているんですが……。今回の治療で、もう助成金を使い切ってしまうし、主人の治療と体外受精で貯金はほぼゼロだから、もし今回の治療がだめだったら、次の治療はボーナスまで待たないとできない。だから、この(治療)周期にかけていたんです」と、声を落とします。

「治療を続けるなら、辞めてほしい」と会社が追い打ち

 そんなさなか、さらにKさんに追い打ちをかけるような出来事が起こりました。

 上司から「これ以上、不妊治療を続けるなら、周囲に迷惑なので辞めてほしい」と言われたというのです。私は驚いて「ええっ?」と思わず声を上げてしまいました。

 ハラスメント法がこれだけ注目されている昨今、いまだ不妊治療に対してはこうした「プレ・マタニティハラスメント」が見受けられるのは、本当に残念なことです。Fineでは長年、このプレ・マタニティハラスメントに対する取り組みも行い、今年6月に施行されるハラスメント法には「不妊治療に対するハラスメント」も明記されることとなりました。しかし、まだまだ、これについては知られていないのが現状で、このように不妊治療を理由として、あろうことか退職勧告をされてしまう女性がいまだに存在してしまうことは、もう残念を通り越して無念でなりません。

 Kさんにハラスメント法のことをお伝えすると、「社外の窓口に相談してみます」とのことでしたが、その声には力がなく、「貯金は底をついてしまったから、今度で最後かもしれなくて……。頑張ろうと思っていたのに、このまま治療を続けると、会社をクビになるかもしれないし……。でも、会社をやめて治療したって、また妊娠できないかもしれないし……。私は妊娠もできない…。もう何をどうしたらいいか……」と、とうとう抑えられず、涙が止まらなくなってしまいました。

 パートナーの病気の治療もあり、それが治って、やっと不妊治療ができるようになったと思ったのに、それもうまくいかず、体外受精に何度チャレンジしてもすべて陰性。それだけでも、どれだけつらいことでしょう。そのうえ今度は、これまでずっと頑張ってきた仕事を失うかもしれない、という不安まで出てきてしまったのです。そのショックはいかばかりかと思います。仕事と治療とご主人のケアと、これまでどれだけ頑張ってこられたのだろうとKさんの気持ちを思うと、かける言葉がなく、胸が詰まるばかりでした。

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松本 亜樹子(まつもと・あきこ)
NPO法人Fineファウンダー・理事/国際コーチング連盟マスター認定コーチ

松本亜樹子(まつもと あきこ)

 長崎市生まれ。不妊経験をきっかけとしてNPO法人Fine(~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~)を立ち上げ、不妊の環境向上等の自助活動を行なっている。自身は法人の事業に従事しながら、人材育成トレーナー(米国Gallup社認定ストレングス・コーチ、アンガーマネジメントコンサルタント等)、研修講師として活動している。著書に『不妊治療のやめどき』(WAVE出版)など。
Official site:http://coacham.biz/

野曽原 誉枝(のそはら・やすえ)
NPO法人Fine理事長

 福島県郡山市出身。NECに管理職として勤務しながら6年の不妊治療を経て男児を出産。2013年からNPO法人Fineに参画。14年9月に同法人理事、22年9月に理事長に就任。自らの不妊治療と仕事の両立の実体験をもとに、企業の従業員向け講演や、自治体向けの啓発活動、プレコンセプションケア推進に力を入れている。自身は、法人の事業に従事しながら、産後ドゥーラとして産後ケア活動をしている。

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