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Dr.若倉の目の癒やし相談室 若倉雅登

医療・健康・介護のコラム

バドミントンの桃田選手に起きた「眼窩底骨折」とは?

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バドミントンの桃田選手に起きた「眼窩底骨折」とは?

桃田賢斗選手

 東京オリンピックで金メダルが期待されている、バドミントン男子シングルスの桃田賢斗選手が、右目の 眼窩底(がんかてい) 骨折のため手術を受けたというニュースが飛び込んできました。

 私もこの手術に関わったことが何度もあり、その経験を含めて解説しておこうと思います。

 眼球の前方から急な圧迫を受けた場合、眼窩(骸骨を思い出していただくとわかりますが、眼球が収容されている骨で構成されているへこみ部分)の内圧が一気に高まります。その圧の逃げ場として、抵抗の弱い眼窩の下(底)が破れ(骨折し)、目を動かすのに必要な筋肉やその周囲の組織を挟み込んでしまうことで、眼球の位置がずれたり、動きに制限が出たりすることになります。

 こんな実験をしてみます。

 薄いボール紙で作った箱(眼窩)の中に、それにちょうど収まる大きさのゴムボール(眼球)を入れます。ここでボールの上から非常に大きな力を一気に加えます。するとボールが壊れるか、でなければ箱が破けてしまうでしょう。前者は眼球破裂、後者は眼窩底骨折です。

 眼窩の下には、 副鼻腔(ふくびくう) という鼻の奥の部屋があります。空気が入っているところですから抵抗は弱いのです。眼窩の内側寄りには「 紙様板(しようばん) 」と呼ばれる、紙のように薄い骨でできているところがあり、ここも破れやすい部位です。

 桃田選手は今年1月13日、遠征先のマレーシアで交通事故に巻き込まれました。帰国のためクアラルンプール国際空港に向かう途中、乗っていたワゴン車が高速道路でトラックに追突して負傷しました。

 桃田選手の場合、乗っていた自動車が前の車に追突した時に、顔面を強打したようです。眼球破裂や、眼窩の奥や上にある脳に力が及ばなかったのは幸いでしたが、力は下に抜け、眼窩底骨折になったと思われます。

 私の術者としての経験からは、骨折部に挟み込まれた組織は容易には抜けません。無理に抜こうとすれば、組織を壊し、改善するどころか、かえって後遺症を残します。骨を削るなど慎重に組織を抜き出さねばなりません。

 さらに、挟み込まれている組織には、目を動かす筋肉やそれを覆っている結合組織や血管、神経などが含まれ、挟み込まれた時点ですでにダメージを受けていることがあります。 また、時間が経過すると癒着が強くなる事態も予想されます。

 報道からは桃田選手の様子は詳しくわからないのですが、事故から3週間たって練習を再開し始めるまで、ものが二つに見えること( 複視(ふくし) )に気づかなかったのだと思われます。

 通常の生活をする分には不都合を感じず、練習を始めて高速のシャトルを見るとか、極端に上方を見るようになってはじめて、異変に気付いたのでしょう。

 とすれば、彼の重症度は低いとみることができます。眼窩底骨折では下方に組織が挟まっているため、上を見た時に最も複視が出やすいのですが、重症ですと正面でも複視が生じ、すぐに気づくからです。

 私が経験している眼窩底骨折の例は、交通外傷、ボクシングや野球の自打球を当てたようなスポーツ外傷、けんかによる殴り合いが多くありました。手術などにより改善するケースも多くありますが、後遺症を残してしまう場合もありました。

 日常生活には支障がなくても、桃田選手には非常に高度なことが要求されていますから、ひたすら回復を祈るしかありません。

 (若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年、東京生まれ。80年、北里大学大学院博士課程修了。北里大学助教授を経て、2002年、井上眼科病院院長。12年4月から同病院名誉院長。NPO法人目と心の健康相談室副理事長。神経眼科、心療眼科を専門として予約診療をしているほか、講演、著作、相談室や患者会などでのボランティア活動でも活躍中。主な著書に「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、「健康は眼にきけ」「絶望からはじまる患者力」「医者で苦労する人、しない人」(以上、春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社新書)など多数。明治期の女性医師を描いた「茅花つばな流しの診療所」「蓮花谷話譚れんげだにわたん」(以上、青志社)などの小説もある。

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1件 のコメント

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眼窩底骨折と画像診断

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

眼科、形成外科、そして放射線科のテストで出てきます。 ブローアウトフラクチャーとか英語で言うと、何か自分が立派になった気もします。 昔のレントゲ...

眼科、形成外科、そして放射線科のテストで出てきます。
ブローアウトフラクチャーとか英語で言うと、何か自分が立派になった気もします。
昔のレントゲン撮影とかは撮影法の名前から難しかったですが、今や高精細のCTでくっきり見えますね。
一方で、整復の方はあいかわらず難易度も高いでしょうか。

発見が遅れたのは、症状が軽微で動作時の複視に気付かれなかったか、遅れて出てきた癒着とかの影響でしょうか?
アスリートというと、試合への影響が言われがちですが、引退した後の時間の方が長いだけに、後遺症が少ないといいですね。
また、こういう微細な後遺症の有無のチェックのハードルを下げるためにも、CTの低被ばく化やMRIの高速化に期待したいところです。
普通の人は複視の出現を確認してからの精査でもいいのかもしれませんが、なんらかの時間制限がある人や神経質な人は自覚症状や多角症状のほんのちょっとの違いよりも検査したほうがいまどき発見が早まる気がします。

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