食べること 生きること~歯医者と地域と食支援 五島朋幸
医療・健康・介護のコラム
配食弁当はおいしいのに、どうして不評なのか?
田尻誠さん(仮名、89歳)は一人暮らし。歩行は何とか可能ですが、心臓に持病があり、お医者さんに一人で外出することを禁止されています。訪問を始めたのは半年前。上下に残った数本の歯は、根だけの状態でした。体調から抜歯は無理と考え、根を残したまま上下の総入れ歯を作りました。ただ、初めての入れ歯が総入れ歯なので、なかなか慣れず調整を続けていました。
木曜日の午後、田尻さんのアパートを訪問。
「こんにちは、歯医者です」
「おぉ」
今日は意外と元気な声が返ってきたので少し安心。勝手知ったるお宅なのでそのまま部屋に入りました。
「田尻さん、どうですか、体調は?」
「まあね。そんなに良くはないよ」
「そうですか? 今日は顔色いいですよ」
「そう」と言いながら顔をさすりました。僕も田尻さんが座っているこたつに入りました。
「で、入れ歯はどうですか?」
「まあね。なんかうっとうしいんだよ。痛くはないんだけどね。この間、少し小さくしてくれてちょっと良くなったから、もう少し削ってくれないかなぁ」
表情が曇っています。
「そうですかぁ。限界はありますけど、入れられないと意味がないのでやってみましょうか」
入れ歯の調整中に配食サービスがやってきた
入れ歯を見ながら、本人が気になりそうなところを機器で削っていました。その様子を、田尻さんは、じーっと見ていました。数分したところでチャイムが鳴りました。
「あれ、お客さんですか?」
「いや、大丈夫」
すると、玄関のドアが開き、「こんにちは、弁当です」と男性が入ってきました。部屋にその男性が入ってくると、田尻さんが「歯医者さん。入れ歯を直してもらってるんだよ」と伝えました。
「そうなんですか、歯医者さんも来てくれるんですか。ふ~ん。田尻さん、今日は顔色が良さそうですね」
「そう」とまんざらでもない表情。「じゃあ、こちら、お届け分です」と言ってバッグを手渡しました。そして、部屋の隅に置いてあった別のバッグを持ち、
「ありがとうございます。また明日」と言って帰りました。まだこちらは作業をしています。
「お弁当ですか?」
「あぁ」と、どこか浮かない返事。
「おいしいですか?」
「うまくねぇよ」
「こういうお弁当、最近おいしいって聞きますよ」
「まあ、なんていうかなぁ……味気ないんだよなぁ。まぁ、良いけど」
「そうなんですかぁ……」
僕も次の言葉がなく、入れ歯を削る音だけが部屋に響きました。
ホームヘルパーの調理から配食サービスへ
以前は、介護保険サービスでホームヘルパーが食事を作るという場面が多くみられました。しかし、国の方針転換もあり、そのような機会は減ってきました。その代わり、配食弁当のサービスが多くみられるようになりました。
僕が活動している東京都新宿区にも何社か配食弁当の会社があり、一緒にミーティングをする機会などもあります。その中で試食をしましたが、感想は「普通においしい」でした。薄味で味気ないものなのかと思っていましたが、だしをしっかりとるなど各社で工夫しており、逆に素晴らしいと言える味でした。しかし、現場で話を聞くとネガティブな意見の方が多いのが現状です。これこそが「食」の本質だと思います。
食べ物のおいしさは、味だけが問題ではない
自宅で一人、テレビなどを見ながらいつも決まった器に入ったものを食べることを想像してみてください。まず、一人で食べること自体、楽しい食卓とは言えません。レストランなどとは違い、きれいなテーブルクロスなどもなく、誰かがサーブしてくれるようなこともありません。空間におしゃれなグリーンなどもなく、下着の洗濯物がつり下がる下で食べることもあります。決して食べるのにすてきな環境とは言えません。さらに、すてきなグラスやちゃわんもないでしょう。会社によっては、そのまま捨てられるディスポの器を利用しています。
決して、配食弁当の会社が努力していないわけではありません。まさに、「食の楽しみとは何か」、という問題を突きつけられている気がします。(五島朋幸 訪問歯科)
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