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産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」

医療・健康・介護のコラム

上司のパワハラ、対応が鈍い企業に、最終手段、産業医の異動勧告

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 パワーハラスメント(以下、パワハラ)が大きな社会的問題になり、今年6月には、パワハラ防止法が施行されますが、それに向けて、具体的なパワハラの内容を示した指針も作られています。労働者の心身の健康を守り、快適な職場環境を作るには、パワハラは重要な問題です。労働安全衛生法に基づいて、産業医には「勧告権」といって、会社に勧告する権限が与えられてきました。これは、産業医の最終手段です。

 私の43年間の産業医や精神科主治医の経験から言えば、現在でも職場でパワハラをする上司が一定数、存在しているのが大きな問題です。勧告権をそのようなケースで使った例を紹介します。

26歳の男性、部長からのパワハラを訴え

イラスト 赤田咲子

イラスト 赤田咲子

 メーカー開発部勤務の井岡太郎さん(26歳、仮名)が「上司によるストレス」を主訴として、私が担当する相談室を訪れました。最初は部長の指導の厳しさを訴えていましたが、カウンセリングの過程で、パワハラに言及しました。以下、そのやりとりです。

私(産業医):仕事のミスをした時、直属上司の上野課長(仮名)から、「なぜ間違ったか、今後、どうミスを防ぐか」について、指導を受けたのですね。

井岡さん:そうです。指導に従い、仕事をしました。大事な点はメモを取って。

私   :それで。

井岡さん:1か月後に、またミスをしてしまいました。私の不注意だったのですが、今度は課長でなく、「仕事の鬼」と言われている中崎部長(仮名)に、厳しく叱責されました。威圧感があり大声で話す部長なので、かなりこたえました。

私   :その時の内容や状況を詳しく話してください。実際に起きたことが重要ですよ。一言、お断りをします。私は、部長の言い分を聞いていません。彼の人権がからみますから、あなたの話は、その前提で聞きます。

繰り返される精神攻撃

井岡さん:部長からは「前に課長が指導しただろう。2回目だよ。初歩。初歩なんだ! お前、黙って聞いてないで、何とか言えよ」と大声で言われました。

私   :それで。

井岡さん:2回目でしたから、黙って、うつむいていました。部長は「できないお前はクズだ」「2回目だ。クズは辞めてしまえ」「とっとと消えてほしい」と言われ続けて(だんだん、涙声になっていきます)……悔しいです。

私   :事実とすれば、ひどい言動で、精神攻撃ですね。

井岡さん:それ以来、数回、同じようなことがあり、現在も続いています。

私   :井岡さんだけへの、叱責でしょうか?

前の部署でも部下1人退職、1人が病気に

井岡さん:違います。部長は「鬼の中崎」と言われていますから。ほかの人にもです。

私   :いま時「鬼」か……。

井岡さん:ほかの社員はどうかと思って調べてみました。彼が、前にいた技術部を含めますと1人が退職。1人が病気で休職しています。

私   :ほかの例もあったんですね。

井岡さん:そうです。このままではたまらないので内科の産業医に相談に行きました。先生は人事関係者に報告や助言をしてくれましたが、口頭で注意をした程度のようです。彼は役員候補と言われているんです。

私   :井岡さんのお話を聞いていると、急を要しますので、メンタル系の産業医として人事部長と会ってみます。

井岡さん:お願いします 

私   :落ち込んでいるようなので、取りあえず、1か月の休養加療の診断書を書きます。場合によっては、自宅待機の指示が出るかもしれません。 

人事部長も気にかけてはいたが……

私   :パワハラを訴えている井岡さんの件ですが、何か対応をしていますか?

人事部長:中崎部長の件ですね。以前から気にはなっていました。

私   :気にしていたのですね。

人事部長:同じような訴えがほかにもあって、退職や心身の不調者もいたので。

私   :井岡さんだけではないようですね。

人事部長:中崎部長は仕事ができて、ヒット商品も出して実績を上げている人なので、高く評価している役員もいます。

私   :仕事ができ実績もあり、有力な支持者もいるということですか。

人事部長:人事部でも、訴えを取り上げて、「処分や人事異動が必要」という意見を上に上げました。最終的には、人事総務担当常務が、「話を聞き、注意をしたから、まあ様子を見よう」というご意見で、経過を見ることになりました。

私   :う~ん。

人事部長:上の判断なので。

 (語調を強めて)

私   :これ以上、犠牲者を出してはいけませんよ。

人事部長:どうすれば良いのでしょうか?

私   :しんどくなった人と一人ずつ面談をして、事実関係を明らかにしてください。事実なら中崎部長には今後、部下を持たないようにすることも考えていただきたい。

人事部長:その手の調査は、難しいでしょう。

私   :必要です。

人事部長:検討します。

人事部の対応鈍く、問題の部長と直接面談

 経過を見ましたが、対応は進んでいなかったので、再度、人事部長と面談しました。

私   :対応されていますか。

人事部長:取りあえず、井岡さんに自宅待機してもらいました。部長の異動を考えたのですが、経営層から「新製品開発が遅れる」「ヒット商品が出ない」「頑張っている人だ」などの反対意見が出まして。

私   :対応が必要ですよ。

人事部長:(小声で)私もサラリーマンなので……。

私   :事実を知りたいので、中崎部長と面談したい。

人事部長:そうですね。

 産業医の立場から、部長の言い分を知るために中崎部長と面談をしました。「井岡さんの件で、どうすれば良いかを話し合いたい」と、人事を通して中崎部長に申し入れました。

 中崎部長は「私の注意が厳しいということですが、受け取り方の違いはあるかもしれません。それほどきつい調子ではなかったと思います。彼には、ミスを繰り返してほしくありませんからね」と語り、否定しませんでした。また、「私のやり方が間違っているとは思いません。部下を鍛え上げ、育てるのも役割ですから」と主張しました。

産業医勧告でパワハラ部長は異動したが……

 中崎部長との面談を受けて、人事部長と3回目の面談をしました。

私   :中崎部長と面談をしましたが、社員のためには、これ以上、このままにしておくわけにはいかないと思います。

上司のパワハラ、対応が鈍い企業に、最終手段、産業医の異動勧告

 私はここに示した経過や対応から、最終手段の勧告が必要と考えました。

  (少し間合いを取って)

私   :産業医なので「勧告」します。人事のトップあてになります。「パワハラを継続している中崎部長を、1.社員の安全配慮上、他部署に異動させること 2.部下を持たない管理職として働けるようにしてほしい」――。

人事部長:常務に提出します。

異動したが、部下がいる部長のまま

 勧告を受けて、中崎部長は厳重注意処分となり、技術支援部長に異動。ただ、「部下を持たない」という勧告は受け入れられませんでした。残念なことです。

最後に、「マコトの一言」で締めさせていただきます。
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夏目誠(なつめ・まこと)
 精神科医、大阪樟蔭女子大名誉教授。長年にわたって企業の産業医として従業員の健康相談や復職支援に取り組み、メンタルヘルスの向上に取り組んでいる。日本産業ストレス学会前理事長。著書に「中高年に効く! メンタル防衛術」「『診断書』を読み解く力をつけろ」「『スマイル仮面』症候群」など。ブログ「ストレス点数の夏目」はこちら

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1件 のコメント

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パワハラの撲滅よりも代替案が重要かも

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

現場を動かすのも、個々が職場や仕事に慣れていくのも簡単ではありません。 そして、同じ成果を求められても、周囲の人や状況によってまるっきり変わりま...

現場を動かすのも、個々が職場や仕事に慣れていくのも簡単ではありません。
そして、同じ成果を求められても、周囲の人や状況によってまるっきり変わりますね。

パワハラ上司=鬼軍曹はそういう差異を無視するのが得意でタフな人あるいは他罰的でストレスを他に投げるのが上手な人とも言えますが、逆にタフで無い人やその人と相性の悪い人からすれば非常にしんどい状況になります。
理想を言えばパワハラやパワハラ上司の撲滅ですが、むしろ、住み分けや転職が簡単になる方が良いのかもしれません。

だからこそ、引っ越ししないでも、転職が比較的容易な都心部に人が集まるのかもしれません。
仕事の技術、生活の技術、一定期間過ごせる経済的余裕というのは悪循環にハマらないためにも、悪循環から抜けるためにも大事です。
どこの世界でも、数字や結果の出せる人には甘いものですし、ほんのちょっとのボタンの掛け違えでなんでも起こりうる世界ですから。

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