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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

コラム

「合わせる顔がない」姉に、やっと電話ができた1週間後…終末期を考えるACP よりよく生きるために

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 アドバンス・ケア・プランニングという言葉を聞いたことがありますか。日本では、その愛称として「人生会議」という訳語が提案され、最近、厚生労働省による啓発ポスターの内容についてさまざまな議論があり、話題になったところです。

 アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:以下「ACP」とする)とは、「将来の意思決定能力の低下に備え、今後の治療・ケア、療養などに関する本人の意向や選好を、本人を主体として、家族など本人が大切に思う人物や医療者と共に事前に考え、継続的に話し合うプロセス」を指します。私たちは、最期の時まで、あらゆる決定を自分でできるとは限りません。つまりACPは、将来、意思決定能力が低下したり、喪失したりすることを想定し、あらかじめ、自分が受ける治療やケア、療養などをどうしたいか考えておくものです。現在、目の前にある事柄に対して意思決定をするのではなく、将来のことを想定して、どうしたいのかを考えておくのです。

 では、ACPはいつ行うべきなのでしょうか? 必ずしも、病気になったり、終末期・高齢期を迎えたりしてから行うものとは限りません。いつから考えてもよく、一人一人のタイミングがあるのだと思います。

 「健康な時から家族と話し合っておきましょう」と、よく勧められますが、そうは言っても人間は、ある程度の実感や具体的な状況が設定されないと、なかなか考えにくいものです。今回は、私が行った調査等(鶴若麻理 他「アドバンス・ケア・プランニングのプロセスと具体的支援」『生命倫理』27号,p.90-99)を通して、医療との接点からACPを考えてみます。

「もう何もしなくていい」の意味

 大動脈弁 狭窄(きょうさく) 症と診断された83歳の女性患者。医師から根治治療としての手術について説明があったが、「手術は希望しない」との意向であった。その後、女性は感染症にかかり、心不全を起こして入院した。苦しい状況の中で、本人は「もう何もしなくてよい」と言うが、症状を和らげるための治療は行った。家族からは「症状が和らぐのなら治療してほしい」との希望があり、対症療法と呼吸管理を、集中治療室で一時的に行った。

 このケースで看護師は、「突然、急変した場合、どうするのか」について、十分に話し合っていなかったと感じました。「今後、同じようなことが起きた場合、患者はどうしたいのか」「『何もしない』というのは具体的にどういうことを指しているのか」など、患者の考えを聞いておく必要があると考えました。ただ、軽快したばかりの患者にそのような決定を迫るのは負担になります。どのタイミングで本人に考えてもらうかを慎重に考えながら、看護師はまず、治療のことではなく、「これから家族とどのような生活をし、何を大切に暮らしていきたいか」を聞いていくことから始めました。

 本人は、「手術はしたくない。入院はしたくない。孫の成長を見ながら、今までのように、できる限り家族と静かに暮らしたい」と、繰り返し話したそうです。近々、退院して外来通院になるため、看護師は、自宅での療養の仕方について、患者と一緒に考えました。さらに、この前の入院のように突然、悪化した場合、苦しい症状を緩和するために呼吸器をつけたり、昇圧剤をつかったり、といった処置をどこまでしたいと思っているのかも、今後、家族と一緒に考えていくとよいのではないかと話をしました。家族は「できるだけ治療をしたほうがよいのではないか」と考えていたため、「患者本人を交えて話し合う時間をつくりましょう」と、外来の看護師に引き継いだそうです。

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大准教授(生命倫理分野)、同大公衆衛生大学院兼任准教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講予定(認可申請中)。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。

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