森本昌宏「痛みの医学事典」
頭痛、腰痛、膝の痛み……日々悩まされている症状はありませんか? 放っておけば、自分がつらいだけでなく、周囲の人まで憂鬱にしてしまいます。それだけでなく、痛みの根っこには、深刻な病が潜んでいることも。正しい知識で症状と向き合えるよう、痛み治療の専門家、森本昌宏さんがアドバイスします。
医療・健康・介護のコラム
刃物で刺されるよう…最大級の痛み「三叉神経痛」 中高年女性に多く、歯痛と間違え抜歯する人も
S江さん(58歳)は、「半年前から顔を洗うときや、歯磨き、化粧をするとき、顔の右半分が痛いんです、最近では会話や食事さえできなくて……」と私の外来を受診された。正確には顔の右半分ではなくて、右のほっぺたの痛みであり、私が「どれどれ」とほっぺを触ろうとすると、手を払い除けた。「典型的 三叉 神経痛」である。
その痛みたるや、1756年にフランスの内科医、ニコラス・アンドレが、あまりの痛さで顔がゆがむことから「疼痛性チック」と命名した程である。事実、ひどくなると風が当たるだけでも痛みが誘発される。ペインクリニックで扱う痛みのなかでも「最大級の痛みと言える。頭蓋内で、動脈硬化が進んだ血管(上小脳動脈など)が、 脆弱 な三叉神経の根元を圧迫することで痛みを生じるのだ。
「顔面神経痛なんです」は間違い
三叉神経は、脳のなかに12対存在する脳神経の第5番目であり、顔と歯、舌の一部の感覚を脳に伝えている。名前の通り3つの枝に分かれ、1番目の枝(第1枝)は片側のおでこ、第2枝はほっぺた~上唇、第3枝が下唇~あごの感覚をつかさどっている。
片側の顔面に「電気が走るよう」とも、「刃物で刺されるよう」ともたとえられる激烈な痛みが、一瞬~2分間程度起こる。発作と発作の間は痛まない。触れることにより痛みを誘発する部位(トリガーポイントと呼ぶ「引き金点」)が存在する。したがって、S江さんは、ほっぺを軽く触れられるだけで痛みが誘発されるのだ。なお、同部の感覚は保たれている。帯状 疱疹 や顔面の腫瘍などにより2次的な三叉神経痛を来すことがあるが、これらは「症候性三叉神経痛」であり、この場合には感覚異常を伴う。
顔が痛いとき、「私、顔面神経痛なんです」と訴えられる方がおられるが、これは間違い。顔面神経(第7番目の脳神経)の大部分は運動神経線維で構成されており、痛みの原因となることは、まずない。
50~60歳代に発症のピーク
典型的三叉神経痛は、50~60歳代に発症のピークがあり、女性に多い。右側にやや多く、第2枝、3枝に多く生じる。2本の枝で同時に起こることもある。なお、歯が原因と勘違いされて、不必要な抜歯を受けてしまった患者さんを診ることも少なくない。まず、ペインクリニックを受診していれば……と思う。
ペインクリニックでの治療は、三つのステップで行う。第1段階は薬物治療だ。抗てんかん薬であるカルバマゼピン(商品名テグレトール)の服用である。しかし、このカルバマゼピンには、めまい、吐き気、薬疹などの副作用があり、年配者では服用が難しいことがある。副作用が強く表れる場合には、他の抗てんかん薬(ラモトリギンやトピラマート)を用いる。 五苓散 や 柴苓湯 といった漢方薬を処方して、副作用を起こすことなく良好な鎮痛効果を得ることもある。
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