田村専門委員の「まるごと医療」
医療・健康・介護のコラム
日本発の医療機器開発へ 国立がん研究センター発のベンチャー企業も
基礎研究を実用化へ橋渡しするトランスレーショナル・リサーチ
NPO健康医療開発機構が主催するシンポジウム「『がん』と医療機器―『人生100年時代』を生きる―」が1月18日、東京・港区の東京大学医科学研究所で開かれた。同機構は、基礎的な研究を実用化へと橋渡しするトランスレーショナル・リサーチを推進することを目的に2006年に設立され、ほぼ年1回シンポジウムを開いている。今年が13回目で、医療機器の開発をテーマにしたのは10年ぶりという。
輸入品ばかりだった10年前
「日本の医療機器開発は、たった10年で大きく変わった。企業側にも臨床現場にも開発意欲が高まり、大きなうねりが起きた」――。技術開発の最前線をテーマに掲げたシンポジウムでは、一般社団法人「日本の技術をいのちのために委員会」事務局長を務める日吉和彦さんが、この10年間の歩みを振り返ってこう概観した。
日吉さんによると、10年前は、命に関わるような医療機器は輸入品ばかりだった。医療機器のメーカーは小規模な会社が多い一方、大企業は医療分野への関心が薄く、研究者や臨床医も機器の開発に積極的な関心を示さなかった。本業が安泰だった大企業にとって、命に関わるような医療機器はリスクが高いといった誤解もあったという。
それが、11年に国が医療分野の研究開発を推進する政策を打ち出して助成を強化したことや、産業構造の変化で本業に安穏としていられなくなった大企業や、医療とは関係のない異業種の中小企業の参入なども加わり、臨床現場との連携も進んできたという。
国立がん研究センター発の手術支援ロボット
シンポジウムでは具体例として、手術支援ロボットの開発や、AI(人工知能)による自動診断などを組み込んだ最先端の内視鏡、血液1滴でがんを診断するリキッドバイオプシーなどが紹介された。
国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)には医療機器開発の拠点として17年、NEXT医療機器開発センターが設けられた。登壇者の一人、伊藤雅昭さんは、同病院の大腸外科長であると同時に手術機器開発室長を務める。15年に国立がん研究センター発のベンチャー企業として設立された「A‐Traction」の取締役でもある。
伊藤さんが、開発に取り組んでいるひとつが、手術支援ロボットだ。現在、手術支援ロボットで広く普及しているものに、米国の会社が開発した「ダビンチ」がある。術者は、手術台と離れた操作席で内視鏡の画像をみながら、機器を遠隔操作する仕組みになっている。
これに対し、伊藤さんらが開発を進めている手術支援ロボットは、通常の手術と同じように術者は手術台の脇について、機器を操作する。内視鏡の操作や組織の保持など通常の手術では助手が行っている役割を、支援ロボットに担わせる。いわば、ダビンチと通常の 腹腔 鏡手術を組み合わせたようなものだという。2020年内の承認申請を目指すとしている。
直腸がんを肛門側から手術
直腸がんの手術は従来、おなかの側からアプローチするのが一般的だ。しかし、直腸は骨盤の奥深くにあるため、腹腔鏡手術の機器の操作が難しいという問題がある。
そこで、伊藤さんらが行っているのが、肛門側から手術機器を挿入して手術する方法だ。実際の手術では、肛門側からと、おなかの腹腔鏡との2方向から手術を行う。2チームが同時に手術を行うことで、手術にかかる時間は大幅に短縮されるとしている。
ただし、2チームの医師が同時に手術台の脇に立つために、術者同士が密着した状態にならなければならないのが難点でもある。開発中の手術支援ロボットを導入することができれば、助手の役割をロボットに代わってもらえるために、術者の操作性も格段に高まるという。
日本発の医療機器に高まる期待
手術支援ロボットの開発は、日本のほかの企業や大学によっても進められており、実用化が期待される。また、大腸内視鏡によるAI診断の開発も盛んで、まさに群雄割拠の状況だという。
この日のシンポジウムのテーマに掲げられたように「人生100年時代」においては、高齢者の体に負担の少ない検査や治療法が開発されることの意義は大きい。日本発の革新的な医療機器の開発が待ち望まれる。(田村良彦 読売新聞専門委員)
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