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食べること 生きること~歯医者と地域と食支援 五島朋幸

コラム

食べる力が落ちた高齢者の食事にトロミが必要なのは、飲み込みやすくするためじゃない

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 いつもとても元気のいいケアマネジャーの中田涼子さん。訪問歯科の依頼はほとんどのケースでファクスが送られてくるところから始まるのですが、中田さんからはまず電話がかかってきます。

 「先生、先生、先生」

 「おぉ、どうした」

 「先生、またお願いしたい人がいるんですよ。先生にしかお願いできない人が」

 「またぁ、みんなにそう言ってるでしょ」

 「あっ、ばれました」

 「いつものことでしょ。どうしたの?」

 「実は、 嚥下(えんげ) 障害って言われて退院した方なんですけど、トロミをつけると全然食べたり飲んだりしてくれないんですよ。本人が好きじゃないみたいで。それで、トロミなしで食べられるかどうか見てほしいんです。病院からはトロミを付けるよう言われているんですけど」

 「なかなか難しいね。トロミが嫌いっていう人はいるからね」

病院の指示は「トロミをつけて」だが、それでは食べない

食べる力が落ちた高齢者の食事にトロミが必要なのは、飲み込みやすくするためじゃない

 吉田節子さん(仮名、91歳)の家の前に着いた時、玄関先で中田さんが待っていました。僕の姿が見えると笑顔で大きく手を振り、「先生」と叫びます。割と恥ずかしい。僕は無表情を装って到着。

 「先生、ありがとうございます。こちらです。どうぞどうぞ」と中に通されました。「お前は家族か!」と無言でツッコミました。

 吉田さんは息子さんの博さん(仮名、63歳)と二人暮らし。中田さんと家に上がると博さんが奥から出てきて、「初めまして、この度はよろしくお願いいたします」とあいさつします。

 「五島です。よろしくお願いします」と会釈をしていると中田さんが「こっちこっち」とせかしました。

 リビングには車椅子に乗った節子さん。「初めまして、五島です。よろしくお願いします」と頭を下げると、節子さんは声を出さずにこちらを見ながら軽く頭を下げました。「いつもはどんなものを食べておられるんですか?」と博さんに尋ねると、「えっと、どうでしょう。トロミ剤を入れて」と、ちょっと要領を得ない話になりそうです。それを遮るように、中田さんが、「ほら、トロミのお茶でいいんじゃない。あれを先生に見てもらえば?」と言われると、台所から湯飲みを持ってきました。僕はそれを受け取って、「あぁ」と声を発してしまいました。液体とは言い難いドロドロのお茶です。

試しに水を飲んでもらうと……

 「じゃあ、ちょっとテストをしますね。コップに普通の水を持ってきてください」

 博さんが、「トロミは」と言いかけたので、「普通の水でいいです」と念を押しました。持ってきてもらったコップを節子さんに見せて、「この水をちょっと飲んでもらっていいですか」と言うと、背後で中田さんと博さんが不安げな様子です。

 病院では、飲み込みに少しでも問題があると、トロミの指示を出す傾向があります。ですが、実際の飲み込む力は、水飲みテストをして、むせるかどうか確かめてみないとわかりません。飲み込む力が弱っていれば、マッサージで口を刺激するなどリハビリの方法もあります。

 節子さんは手がうまく動かないので、僕がコップを口元に持って行き、ゆっくり傾けました。わずかに水分が入ったところで、コップを離すと節子さんは少しクチュクチュする感じで頬を動かし、ゴクッという大きめの音を出して飲み込みました。そしてもう一度、先ほどより多めに水を口に入れましたが同様に飲み込めました。

飲食物にトロミをつけるわけ

 僕は後ろを振り向いて博さんと中田さんに説明しました。「口から食べられない場合、理由はいくつかあるんですよ。食べる時は、口に食べ物を入れてかんで、それをのどの方に送って、最後はゴクッと食道に入れます。そのどこかで滞ると、食べられないのですけど、どこで止まるかによって対応が変わってきます」

 僕は中田さんに「何でトロミを付けると思う?」と質問しました。

 「こう、スルッと入りやすいからとか」

 「ブ、ブー。逆なの。のどの奥は、息をするための気管と食道に分かれているけど、食べ物や飲み物がのどに入った時、普通は気管に入らないようになっていますね。でも、飲み込みが悪い人はその分別能力が落ちているんです。液体はスッと入るので、気管に落ちてしまう可能性があるんですよ。だからトロミを付けて、食べ物や飲み物がゆっくり入るようにするんです」

 「へぇ」と言いながら2人はうなずきます。

 「今、一番スッと入ってしまう水が飲めたよね」

 「トロミなしだったのに」

 「そう。だから節子さんの分別能力は低くないということ。だからトロミはいらないか、わずかでいい」

 「そっか……」

 「あのお茶みたいにトロミを付けると、ベタベタするし、味も変わるでしょ。そもそものどの能力に合っていませんよ」

 「じゃあ、いろいろ試して節子さんにあったトロミ加減にすればいいということね」と中田さんは理解してくれました。

 トロミを付けるのは、飲み込みやすくするというイメージですが、実は、スルッと一気にのどに落ちていかないようにする工夫なんです。(五島朋幸 訪問歯科医)

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五島朋幸(ごとう・ともゆき)

歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表(東京都新宿区)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。新宿食支援研究会代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」、「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」パーソナリティーを務める。 著書は、「訪問歯科ドクターごとう1 歯医者が家にやって来る!?」(大隅書店)、「口腔ケア○と×」(中央法規出版)、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」(大隅書店)など

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