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医療・健康・介護のコラム

[俳優 黒部進さん](下)正義のヒーローから悪役に一転、アフリカ体験が人生の糧

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 1966年に放送された「ウルトラマン」でハヤタ隊員を演じた黒部進さん。今でこそ、ウルトラマン時代について語ることを楽しみにしていますが、「地球を救う」正義の味方から悪役に転身した俳優人生の中で、長年、ウルトラマン役者としての人気には複雑な思いを抱いてきました。そんな悩み多き人生で出会ったのがアフリカでした。ウルトラマンだけではない、黒部進さんの人生への思いについて聞きました。(聞き手・渡辺勝敏、写真・中山敬博)

靴磨きがきっかけで有名映画監督と出会い俳優に

――俳優になったのは、靴磨きのアルバイトがきっかけだったそうですね。

 富山の農家の出身で、大学に入るために上京しました。2年ぐらいは真面目に勉強して、いい成績を取って、半年に一度は成績表を実家のおやじに送っていたんです。それがつまらなくなってしまって……。学業とは違うところ、まあ、遊ぶのにも忙しくて、舞台に興味を持って、劇団にも席を置いていました。

 当時の学生アルバイトと言うと、靴磨きか、サンドイッチマンか、喫茶店のボーイ。渋谷で靴磨きをしていたんですが、たまたま映画監督の山本 嘉次郎(かじろう) さんがお客さんで来て、芝居をやっていると話をしたら、「東宝ニューフェイス」を受けてみないかと誘われたんです。山本さんは黒沢明さんの師匠で、俳優の三船敏郎さんを指導した方です。

――勧められて、映画会社の新人オーディションを受けたわけですね。

 そうなんです。合格して入った時は、同期23人のトップ。でも、養成所を出る時には一番後ろでした。それでも、デビュー作の青春映画「暁の合唱」(63年)では主演の星由里子さんの相手役に選んでいただきました。せっかくのチャンスだったのですが、その後は、鳴かず飛ばずという感じでしたね。

ウルトラマンの後、仕事が減って、アフリカ横断旅行に挑戦 

――そして、白羽の矢が立ったのがウルトラマンの主人公、ハヤタ隊員役だったわけですね。ウルトラマンで注目されてから、5年後にオートバイでアフリカを横断しようと日本を飛び出したそうですが、なぜ、そんな旅行に挑戦しようとしたんですか。

 ウルトラマンの後、仕事があまりなくなってきたんです。ウルトラマンのイメージが強かったことがあったのかもしれません。「このままじゃ仕事がなくなる」と不安でしたね。そのころ、日本テレビのカメラマンをやっている高校の先輩とたまたま会った時に、「黒部、アフリカに行け、男になって帰ってこい」と言われて、その言葉に刺激されたんです。甘っちょろい人間でしたから、「男になる」っていいなぁ、って。「暁の合唱」に出た時にオートバイの免許を取っていたので、それでサハラ砂漠を横断しようと思ったんです。僕は32歳、長女の多香美(女優・吉本多香美さん)が3か月の時でした。

――どんな旅だったのですか。

 バイクはケニア東海岸のモンバサという都市に送って、72年の大みそかに一人で首都ナイロビに向かいました。ガイドもいないし、あるのは地図だけ。ナイロビでテントを張って片言の英語で情報を収集しました。とにかく各国の首都を目指して西に向かう。ほかへ行くと危ない。首都の間には道があるだろう。それだけの知識です。市場で食材を買って、テントで調理。携帯した消毒液を使って水を飲みました。転倒、転倒の連続で、けがで入院もしました。それでも一度もおなかは壊しませんでしたね。農家の育ちで強かったのかもしれません。半年かけて1万8000キロを走りましたが、サハラ砂漠横断は結局断念しました。

トラブルを自分で乗り越えるのが旅、家族でもアフリカへ 

――その旅で何を得たのでしょうか。

 思い出しても、苦しかったことばかりです。ひとつ間違うと、死が待っているわけですよ。旅ではいろいろなトラブルが起こります。そこで出会った人たちに助けてもらうこともありますが、自分で乗り越えていく経験を積み重ねました。そういう旅を経験したということです。

――それから15年後に、家族4人でアフリカへサファリに出かけますね。

 多香美が15歳の時、妻と2人の娘を連れて1か月のサファリツアーに行きました。ガイドはなし、自分で車を運転して、キャンプ地で情報を収集して移動するんです。一人オートバイで経験した旅を家族でやりたかったんです。お父さんがやってきたことを、子供に伝えたいと思いました。

旅を通して自分の頭で考えることを身に付けてほしかった

――アフリカの旅を通して、家族に何を伝えたかったんですか。

 旅ではいろいろなことが起こります。みんなで、それを乗り越えていく経験をしたかったんです。車が泥にはまって動けなくなったこともありました。ほかの車が来るまで何時間でも待つんです。一緒になって引っぱり上げてもらった時、地元の人にタバコやフィルムはあげても、お金は上げなかった。お金で安易に解決してはいけない。そういう僕の旅を一緒に経験しました。

 大切なことはお金で買っちゃいけない。自分で考えた生き方をしなさいということですよ。そんな家族の旅が楽しくて、楽しくて、4回もアフリカに行くことになりました。この年になって今思うのは、僕が旅で身に付けたことを遺産として子供に残したかったんですね。一言で言うなら、子供への愛です。

――アフリカでの経験を娘さんたちがどう受け止めたかについては、吉本多香美さんも インタビュー でその経験の大きさを語っていました。

 吉本隆志(本名)はこういう男だと家族に見せてきたので、家内や2人の娘から尊敬されていると思いますよ。

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