産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」
医療・健康・介護のコラム
37歳女性店長、部下の反発と上司の部長に突き放され出社恐怖に……
ストレスチェック後の「高ストレス者面談」を希望した37歳の女性、江川一穂さん(仮名)は、独身で仕事一筋です。短大卒業後、大手販売会社に営業事務職として就職し、その後、営業職(総合職)に変わりました。抜群の売り上げ実績で社長賞を3回も受賞。功績が認められ、本社営業企画課長から、9月に女性では初の大型店の店長に 抜擢 されました。
女性のトップランナーがストレスに直面

イラスト 奥山裕美
江川:はじめまして、江川です。店長をしています。
私 :ストレスチェックの検査結果を見ると、「高ストレス」ですね。不眠や焦燥などのストレス反応が強く出ています。部下との関係にも問題があるようですね。
江川:活力がわかないんですよ。
私 :それで。
江川:社長賞を3回取って、女性のトップランナーとして働いてきました。
私 :37歳で大型店の店長ですから、高く評価されていますね。
江川:女性の営業力を評価してほしくて、全力で働きました。でも……。
私 :でも?
店長の方針に部下がついてこない
江川:以前と違って、部下と一丸になって頑張れないのです。
私 :25人もいれば、様々な人がいますから。
江川:秋の商戦で、最初に違和感を覚えたんですよ。発破をかけても部下が乗ってこなくて。年末セールをひかえて、これではイケないと思いました。
私 :みんなが仕事第一というわけではありませんから。
江川:今まではやってこられたんですけどね。
私 :あなたと部下は、別人格ですよ。
江川:女性を評価してもらうためには、結果を出すしかありません。
私 :様々な人がいますよ、社員にも、女性にも。
江川:頭ではわかりますが……。
「様々な働き方を認めてほしい」と要望を受けた
江川さんのモーレツな仕事スタイルに、部下からは「遅くまで残業する気になれない」「様々な仕事の仕方があってもいいのではないか」などの意見が出ていて、話し合いの申し入れを受けていました。
江川:どうぞ、意見を言って下さい。
部下A:店長の目標や働き方は、よくわかるのですが、負担が増え続けています。
江川:そこは、知恵とチーム力で乗り切りましょう。
部下B:店長はそれで良いかもしれませんが、私はしんどいんです。
江川:今は女性活躍のチャンスだから、女性の力を発揮しないと。
部下C:会社で頑張るだけが、良いこととは思いません。家族や趣味なども大事にしたいです。
江川:そういう人は、それで構わない。それが多数意見ですか。
部下A:皆、少し疲れているように思います。
江川:でも、商戦は待ってくれませんよ。売り上げが落ちれば、必要経費も削られ、人も減らされるのよ。
部下A,B,C:わかりますが……。
江川さんは、「このままだと、商戦で結果を出せない。何とかしなければ」と思って、副店長、親しい部下数名と食事会を開きました。
男性の補助職から抜け出たのに……
江川:みんなの意見はわかるけど、商戦は待ってくれない。数字をアップしないと。
副店長:みんな、頑張っていると思います。
部下D:店長は、どうして、そこまで頑張れるのですか?
江川:私が入社した時、古い体質のわが社は、女性の評価が低くて、男性の補助がメインでした。仲間の女性に、「販売は女性力が発揮できる」と訴え続けてここまで来たのよ。
部下D:女性は補助だったんですか?
江川:そう。男がメイン。書類作成ばかり。悔しい思いを、たくさんしたのよ。
私の生き方が否定された
部下E:私は店長ほどのエネルギーはないので、無理しない範囲で力が発揮できればと思っています。
江川:みんな、同じ意見なの?
部下D:無理はしたくないです。できれば残業は45時間以内にしてほしいです。
部下E:夫婦共働きで子どももいるので、なるべく早く帰りたいです。
江川:わかるんだけれど。私の生き方が認められていないように感じてつらいよ。
状況は変わらないので、自分を評価してくれる部長に相談しました。
「部下の考えがわからない」
江川:時間を取っていただき、ありがとうございます。
部長:久しぶりだなぁ。頑張って実績を上げていると聞いているよ。君を抜擢したかいがあった。
江川:ありがとうございます。相談は、最近、部下の考えがわからなくなってきたことです。
部長:わからないって?
江川:商戦をひかえ「スパート」と名付けて、売り上げ20%増の目標を掲げ、企画や配置を考えて提示したのです。
部長:20%増か。妥当な数字だ。やりぬかないとね。
江川:そしたら複数の部下から、「無理な数字です。女性店長だから、女性力発揮と協力してきましたが、2割増は無理です」と言われました。
部長:「女性力アップ、昇進のチャンス」と励ましましたか。
江川:強調しました。
部長:それで。
「君らしくないねぇ…」
江川:若手から「様々な働き方があります。それを認めてほしい」と言われました。
部長:若者の考えは、わしには、わからん。
江川:どうしていいのか、わからなくなってきました。部長はどう思われますか?
部長:企業は生き残らないとダメなんだ。「様々な生き方、働き方」はわかるが、しょせん建前だ。
江川:悩んでいます。
部長:君らしくないね。2割増で行ってくれよ。弱音はやめてほしい。
江川:それなりにやります。
江川さんは、部下との話し合い前後から不眠が始まり、イライラが強くなりました。店に近づくにつれ 動悸 がおこり、冷や汗が流れます。そして2日後、ついに出勤できなくなったのです。
女性活躍に気負いと無理があった
女性のトップランナーとして頑張り、実績を上げ、評価された人の歩み、努力、苦悩の事例です。
江川さんは女性活躍への気負いや思い込みがあり、部下の働き方が理解できませんでした。かつ信頼していた上司から「君らしくないね。君なら答えを出せる」と励まされたのがこたえたようです。彼女は「その時、何かが変わりました。出社できなくなりました」と語りました。
私は「出社恐怖症(適応障害)」と判断し、「職場ストレス」から離し、休養を取ることを目的として診断書を書き、休ませました。眠れるように睡眠導入剤、イライラを鎮めるために抗不安剤を投与。睡眠がとれ、イライラが収まりました。
「思い込み」への気づきと解放
症状が安定した3週目からカウンセリングを行いました。テーマは「思い込み」です。その過程で、江川さんは「私の『思い込み』が強かった。人それぞれの思いを考慮するのが大事」と、わかりました。
3か月後には営業企画課の課付き参事(課長待遇)として職場復帰しました。「気負い」がなくなり、穏やかな表情で働いています。
求められる女性管理者のサポート体制づくり
いま、女性活用・活躍のキーワードの下で、期待され頑張るワーキングウーマンが増加しています。しかし、厳しい現実の下で、結果が思うように出せず、職場のサポートが得られない場合など、メンタル不調に陥るケースが増えています。
人事関係者には、モデルになる人がいない、少ないのが現状である女性管理者へのサポート体制づくりを構築してほしいと痛感しています。
最後に、「マコトの一言」で締めさせていただきます。
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女性活躍の数値目標に捉われて、無理筋で実績を作ったり、適性外の働き方を要求したりされたりして個人や組織に歪みが発生するケースがあります。女性労働者に限った話でもなく、仕事も家事、育児のいずれにしても優秀すぎる人を中心に社会制度を形成するべきではありません。
ある程度無理をして勉強や仕事の山場を越えていかざるを得ない一方で、個人の資質の限界や、組織でも抗いがたい時代の局面やトレンドでの生存や成長戦略のすり合わせをどうするか?
20代や30代で俯瞰しても不完全であったり消極的と評価されるリスクもありますが、一方で、時代も育ち方も違う人間が昭和のモーレツ価値観だけでどれだけ個人も組織もやって行けるか、難しい部分があります。
また、個人業務やユニット業務での達人が、大人数を率いる管理職として優秀か否かは別物ですが、企業や社会の在り方や評価として、こちらも難しいですよね。
このケースでの部長の対応も少し不器用な感じがします。
ちょうど、放射線科の専門冊子で某大学の超有名放射線科医が、超ストイックな診断レポートのやり方を書いていました。
個人の資質も働く場所もまばらな中で、全体の、全員が、そのやり方は無理なわけで、住み分けや制度設計も含めた議論が必要です。
ですが、その先生の高品質の仕事はできなくても、ピックアップや簡単なレポートをこなして、その先生をより輝かす事なら多くの医師に可能でしょう。
本文と関係なさそうで、働き方の多様性とは評価の多様性が誘導するものです。
問題は、どうすれば仕事や評価の多面性を評価する個人や組織が生まれてくるか?
そんなものを期待するよりも、自分の働く場所や働き方を変えていく方が多くの人間にとってリアルかもしれません。
サッカーよろしく何もしなくてもそこにいるだけでも仕事になる事はありますが、優秀な人や忙しい人はそれを許容しにくい傾向にあります。
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