在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活
医療・健康・介護のコラム
「もしかして、不足している?」 亜鉛欠乏症を防ぐために
人間が生きていくのに必要な「五大栄養素」は炭水化物、タンパク質、脂質、ミネラル、ビタミンですが、「ミネラル」のひとつである「亜鉛」という栄養素が体の中でどんな働きをしているか、ご存知ですか。例えば、「鉄」が不足すると鉄欠乏性貧血を引き起こし、疲れやすく、 動悸 や息切れ、めまいなどの症状が表れることはよく知られています。しかし「亜鉛」が不足すると、どんな症状が出るのかは、よく知られていません。
体内で重要な役割をもつ亜鉛
人体において、亜鉛はとても大切な働きをしています(下記の表参照)。
体内に存在する亜鉛は成人で2~3グラム程度とされていますが、自身で作ることはできませんので、食事から摂取する必要があります。このわずかな量の亜鉛が、体のなかでさまざまな働きをしています。
人体における亜鉛の主な働き
- ●酵素の活性化に関与
- ●細胞分裂時にDNAの複製に関与
- ●性腺分泌の活性化
- ●妊娠の継続
- ●インスリンなどのホルモンの生成や分泌に関与
- ●細胞膜の安定化
- ●皮膚の健康維持
- ●免疫機能の形成と活性化
- ●精神の安定化、神経伝達の保持
- ●目の網膜機能の保持
- ●嗅覚や味覚の保持
- ●アルコール分解
など
これほどまで多彩な役割がある亜鉛ですので、欠乏すると味覚障害や食欲不振、口内炎、皮膚炎、脱毛症、感染症に対する抵抗力の低下、貧血などが出現することがあります。私が訪問している患者さんでも、食欲不振を訴え、食事量が低下した方の血清亜鉛濃度を計測すると、基準値を大幅に下回っていることがあります。
亜鉛は、赤身肉や貝類に多く含まれており、バランスよく食事を摂取していれば不足することはあまりありません。しかし、腸における吸収率が低く、偏食で乱れた食生活をしている人は不足しやすい栄養素です。
「日本亜鉛栄養治療研究会」に参加して
11月30日に仙台市内で開催された「日本亜鉛栄養治療研究会 第1回東北・北海道支部学術集会」に参加し、最新の「亜鉛」に関する講義や研究発表を聴いてきました。
学術集会で大変興味深かったのは、複数の外科医が術後患者の血清亜鉛濃度の低下を報告していたことです。手術で皮膚や内臓を切開したり切除したりすると、通常に比べて、より多くの亜鉛が使われるため、血液中の亜鉛の濃度が低下すると考えられます。その後、数日かけて亜鉛の濃度は元の状態に戻るのですが、体に「手術」という大きなストレスが起きたときには、より亜鉛が必要になることがわかります。
また、 嚥下 機能が低下した施設の高齢者に亜鉛を補充したところ、食べ物をのみ込む機能が改善したという研究発表もありました。これまで嚥下と亜鉛の関係性についてはほとんど報告がないことから、さらなる研究にも期待が高まりました。
床ずれと亜鉛欠乏症
私が所属しているクリニックでは、重度の床ずれを発症した在宅患者さんを重点的に往診しています。医師と皮膚・ 排泄 ケア認定看護師、管理栄養士が一緒に訪問するチーム医療を行っています。初回訪問時には採血を行い、患者さんの栄養状態を確認します。これまで訪問した34人の患者さんのうち、約6割の方が「亜鉛欠乏状態」であり、3割が「潜在性亜鉛欠乏」と診断されました。つまり、約9割の患者さんに亜鉛が不足していることがわかったのです。食生活を確認すると、 咀嚼 力が低下しているために、肉や貝類の料理を避けているなど、食事内容からも亜鉛の摂取が少ないケースが多くありました。
血液の栄養状態も調べましたが、こちらも9割近い患者さんが低栄養状態であることがわかりました。栄養状態が悪いから床ずれができたのか、床ずれができたから栄養状態が悪くなったのか……。どちらが先かはわかりませんが、床ずれができてしまった患者さんがいたら、たとえ太っていたとしても丁寧に食生活をチェックする必要があります。太った亜鉛欠乏症の方もいたからです。
どんな食品に亜鉛が多く含まれているのか
亜鉛の推定平均必要量は、一日に男性8ミリグラム,女性6ミリグラムとされています。どんな食品に亜鉛が多く含まれているのでしょうか。
まずは貝類です。 牡蠣 は5~7粒程度を食べると一日分の亜鉛の必要量を満たすことができます。ホタテやアサリ、シジミなど日本人になじみ深い貝類にも亜鉛が比較的豊富に含まれています。また、今回のコラムを書くために食品成分表を見ていて発見したのですが、タニシにも亜鉛が豊富に含まれていました(生100グラムあたり6.2ミリグラム)。山梨県には田んぼで取れたタニシをみそ汁の具にして食べる「つぼ汁」という郷土料理がありますが、肉や魚の食材が少ない時代には、大事なミネラル源にもなっていたと考えられます。
赤身肉にも亜鉛が豊富です。ネットなどでは、しばしば「赤身肉は健康に悪い」として、牛肉や豚肉は控え、鶏肉に置き換えることを勧めている情報を目にします。鶏肉の亜鉛含有量は、皮なしむね肉で100グラムあたり0.7ミリグラム。赤身肉である和牛肩肉の亜鉛含有量は100グラムあたり5.7ミリグラムです。亜鉛の供給源として、赤身肉は優秀な食材と言えます。すべての肉類を鶏肉に置き換えてしまうと、亜鉛の摂取量が低下してしまう恐れがあります。個人的には、鶏肉も牛肉も食べ過ぎないようにしながら、「健康に良い悪い」と白黒つけずに、おいしく食べればよいのではないかと思います。
また、妊娠中は妊娠期間が進むにつれて血液中の亜鉛濃度が低下することがわかっています。さらに、母乳には一定の濃度の亜鉛が含まれているので、出産前後の母親の体からは亜鉛が失われてしまいます。「日本人の食事摂取基準」には、妊娠期や授乳期の亜鉛の「付加量」が示されています(妊娠期+2ミリグラム,授乳期+3ミリグラム)。食事から十分な亜鉛が摂取できない場合は、サプリメントや薬で補充できますので、主治医や管理栄養士に相談してみてください。(在宅訪問管理栄養士 塩野崎淳子)
- 参考文献:
-
- 「亜鉛と健康―不老と長寿の必須微量金属―」宮田學 著 丸善京都出版
- 日本褥瘡学会誌 Vol.21 No.1 2019 「根拠に基づいた褥瘡の栄養療法」真壁昇
- 「日本人の食事摂取基準2015年版」第一出版
- 「七訂食品成分表2019」女子栄養大学出版部
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