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リングドクター・富家孝の「死を想え」

医療・健康・介護のコラム

1月の窒息死者数は1300人……主犯はお餅!?

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1月の窒息死者数は1300人……主犯はお餅!?

 正月になると必ず、「お餅がのどに詰まって死亡」という事故を目にします。季節の定番ニュースのようになっていますが、軽く聞き流してもいられません。少なからぬ人が窒息で命を落とすからです。

 今年は、東京都内で元日から2日にかけ、お餅をのどに詰まらせて男女17人が搬送され、このうち80代男性と90代女性の2人が死亡しています。東京消防庁のデータだと、毎年1月、のどにものを詰まらせて救急車で運ばれた人は、都内だけで100人前後に上り、そのうち軽症で済んだのはわずか3割にしかすぎません。また、9割近くの方が65歳以上の高齢者です。

 しかも、全国規模で見ると、窒息死亡者数は毎年1月に集中し、なんと約1300人の方が亡くなられています。

窒息死は苦しい

 窒息死というのは、いちばん苦しい死に方です。死に至る時間は短いですが、もがき苦しみ、酸欠から意識がもうろうとなり、その後、息絶えます。

 お餅による窒息死の場合、空気の通り道(気道、気管)にお餅が張り付き、呼吸ができなくなります。呼吸とは、吸うときは体内に酸素を取り込み、吐くときには二酸化炭素を出す行為です。吸えなければ酸素が体内に取り込まれなくなり、真っ先に脳がダメージを負います。

 脳は3分以上酸素が供給されないと、元には戻れなくなり、蘇生しても「脳障害」が残ります。十分な酸素供給ができなくなり、脳に障害をきたした病態を「低酸素脳症」と呼んでいます。低酸素脳症では意識が戻ることは少なく、脳死状態となって、数日後に死亡する例が多いのです。

食道ではなく、気道に詰まるから危険

 お餅がのどに詰まるといっても二通りのケースがあります。一つは、お餅が食道に詰まるケースで、もう一つが気道に詰まるケースです。

 食道に詰まるケースの場合、呼吸ができていれば、大きな問題はありません。お餅を取り出すか、水などを飲んでお餅を中に流し込めばなんとかなります。お餅が食道にへばりついてなかなか取り出せないときは、掃除機を使い吸引するという応急措置があります。これは、かなり効果的だとされています。

詰まった餅を吐き出させる方法はあるが……

 これに対して、気道に詰まるケースでは、速やかな応急措置が必要です。詰まっても、なんとか呼吸ができ意識がある場合は、「ハイムリック法」か「 背部叩打法(はいぶこうだほう) 」などと呼ばれる方法で、詰まったものを取り出すことができます。しかし、これらの方法を知っている一般の方はほとんどいないでしょう。したがって、できる限り早く救急車を呼び、その間「心肺蘇生法」で胸を圧迫するなど試みるほかありません。

 ただし、残念ですが、お餅が完全に気道をふさいだ場合は、もう救命は難しいと言わざるをえません。このケースでは、救急車が到着以前に、家族の前で息を引きとる高齢者が多いのです。

 わずかに呼吸があり、意識があるケースでも、病院搬送後の処置は、簡単ではありません。慣れた救急医でないと、うまく取れないことが多いのです。正月から、救命室にベテラン救命が待機していることは、それほどないでしょう。

高齢者はどうして餅をのどに詰まらせるのか

 なぜ、高齢者はお餅をのどに詰まらせることが多いのでしょうか?

 それは、一言で言えば「 嚥下(えんげ) 機能」が、老化により低下するからです。嚥下とは、ものを飲み込むという意味です。食べ物は口からのどを通って体内に入りますが、このルートは最初、空気を吸い込む呼吸のルートと同じです。その後、のどの奥で食道と気管に分かれて、食物は食道のほうに行き、胃に向かいます。

 つまり、人間ののどは呼吸と食をうまく切り替える器官であり、鉄道で言えばレールの切り替えポイントの仕事をしています。この一連の動きは、極めて精密で、いくつもの神経や筋肉が連動しています。ところが、この切り替え作業が、年をとるにつれて衰えるのです。

お餅の安全な食べ方……小さく切って、よく噛んで

 従って、食べ方に注意を払うようにすべきです。お正月ともなると、家族で楽しく食事をするので、つい会話に気が行ってしまいます。早く食べたり、よく () まなかったりします。これは、禁物です。また、お餅を小切りにして食べやすくする工夫が必要です。

 お餅の場合、焼きたてのほかほかより、少し温度が下がった30~40度前後のときが、もっとも粘り気があるとされます。この温度帯はちょうど体温と同じ程度であるため、のどに付着しやすくなるのだそうです。よって、この温度を避けることも考えましょう。ともかく、よく噛んで、分泌された唾液とお餅が混ざれば、のどに詰まりにくくなります。

 東京消防庁は「餅は小さく切って、食べやすい大きさに。乳幼児や高齢者といっしょに食べる際は様子を見るなど注意を払ってほしい」と呼びかけています。年末年始は注意をして、季節の味を楽しんで下さい。(富家孝 医師)

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富家 孝(ふけ・たかし)
医師、ジャーナリスト。医師の紹介などを手がける「ラ・クイリマ」代表取締役。1947年、大阪府生まれ。東京慈恵会医大卒。前新日本プロレス・リングドクター、医療コンサルタントを務める。著書は「『死に方』格差社会」など65冊以上。「医者に嫌われる医者」を自認し、患者目線で医療に関する問題をわかりやすく指摘し続けている。

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1件 のコメント

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フード病をどうするか?

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

冬季の食事の摂り方と糖尿病の項もありましたが、難しいですよね。 血圧にしても血糖コントロールにしても、むしろ、薬剤の容量調整などで対応すべき部分...

冬季の食事の摂り方と糖尿病の項もありましたが、難しいですよね。
血圧にしても血糖コントロールにしても、むしろ、薬剤の容量調整などで対応すべき部分もあるのかもしれません。

ロシアのアルコール中毒の多さの原因は極寒ゆえとも言われますが、食事を含む生活様式はどこまで変えていいのか、どこまで変えることが可能なのか、難しいです。
文化や伝統もそれなりに大事ですし、老人になったら柔らかいモノや細かいものにシフトすべきなのか、変わらず咀嚼を必要とする硬くて大きいもので刺激を加え続けるべきなのか、答えがありません。

とはいえ、誤嚥の仕組みや起こりやすい状況の知識であったり、緊急時の準備であったり、死亡時の準備であったりは大事なのかもしれません。

たまに、知人の健康相談に乗りますが、「なんとかしろ」という意見を聞くたびに開業医は向かないなと思います。
医療者と患者と双方の理解と実行力でしか現場は動きませんし、なんとかならないことも多々あります。
風土病ならぬフード病との戦いは、食生活や生活様式の多様化も含めて、今後複雑化しそうですね。
正月におもちは日本人としてはすぐにピンときますけど、そうでない誤嚥も発生することでしょう。

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