よみうり自分史
回想サロン
黛まどかさんからメッセージ~よみうり自分史 短歌俳句叢書スタート

「句集や歌集は紛れもない自分史」と語る黛まどかさん
読売新聞は、短歌や俳句を本にまとめる新サービス「よみうり自分史 短歌俳句叢書」を始めました。自分史の一環として、自作を収めた歌集や句集を作りたい人をサポートするものです。25年前、第1句集で鮮烈なデビューを飾った俳人の黛まどかさん(57)に、当時の喜びやこれから句歌集を出そうとする人へのメッセージを聞きました。
多忙な中で疾走しながらの第1句集
第1句集の「B面の夏」には格別の思い入れがあります。1994年に同名の作品群50句で、角川俳句賞奨励賞を受賞したのですが、俳句の世界を飛び越えて話題になりました。6月に授賞式があったばかりでしたが、出版社の編集者が「9月に句集を出しましょう」と意気込み、その後は疾風怒濤の日々でした。俳句を始めてから、句集を出すのは一つの目標でしたから喜びは大きかったのですが、受賞後の多忙さで、当時の記憶はほとんどありません。
まだパソコンを用いていなかった時代。手書きのノートに書き留めていた俳句の中から急いで編集者と一緒に本に載せる句を選び、装丁やレイアウトも駆け足。その一方でテレビに出たり、取材を受けたりして、今思うと、すべてが夢の中で起こった出来事のようです。
私が俳句を始めたのは、杉田久女(1890~1946年)という女性俳人の作品に触れたことがきっかけでした。彼女は才能豊かでありながら、封建的な時代の中で生前、一冊の句集も出せなかった。だから、見本が届いた時は、うれしさと同時に、今の時代に生まれた幸運をかみ締めました。
青春の光、日常の機微 句に結実
当時は、青春というまばゆい光の塊から、瞬間、瞬間を切り出しては俳句にしていたように思います。あれから四半世紀。私も年齢を重ね、親も老い、今は出会いよりも別れが多くなるような年代になりました。日常の様々な機微に柔らかい光をあてて俳句を作り上げ、その積み重ねが句集に結実していきます。年月を経て作り方は変化しましたが、その時々の句集には変わらぬ私がいると感じます。
東日本大震災後、東北の避難所で津波に遭った日の夜から俳句を詠んでいる方に出会いました。紙も鉛筆もないけれど詠む気持ちを抑えられず、覚えておいて後から書いた、と。それを聞いて「万葉集は古典ではない」と改めて衝撃を受けました。万葉集は、天皇から庶民まで多くの人の思いを詠んだ歌集です。その伝統は現代にも続いているのです。
作品集を出したいという相談を受けたら、「出しましょう」と背中を押します。歌舞伎俳優の故坂東三津五郎さんによく言われました。「まどかさんはいいよね、文字は残るから。僕は肉体の芸術だから残らないんだよ」と。あれだけの名優でも、活字として残すことが羨ましいと言うのです。
文字、余白に込める生の証し
俳句も短歌も文字の部分だけでなく、余白にも、その方の生きてきた悲喜こもごもが込められています。それは時間を経ても鮮やかに思い出すことができます。その意味でも、句集や歌集は紛れもない自分史だと言えます。
黛 まどか(まゆずみ・まどか)神奈川県生まれ。都市銀行勤務後、1994年に第40回角川俳句賞奨励賞を受賞。同年、第1句集「B面の夏」刊行。1996年に「月刊ヘップバーン」を創刊・主宰(2006年終刊)。俳人として国内外で活躍、スペインや韓国を徒歩で旅するなど、行動派俳人としても知られる。句集のほか、随筆集、オペラ台本の執筆、舞台朗読などで活躍。現在、北里大学客員教授などを務める。
短歌俳句叢書 どなたでも簡単に制作

句集のサンプル本
俳句・短歌の作品集制作サービス「よみうり自分史 短歌俳句叢書」は、1ページに収める作品数やカバーのデザインを定型パターンから選ぶことで、簡単に制作できるのが特徴です。
自分史「私の絵本」でグッドデザイン賞を受賞した、私の絵本カンパニー(秋田市)がレイアウトを担当します。作品集の顔であるカバーは、日本の四季などを表現した基本デザイン21種から選ぶほか、自身で撮影した写真(1枚)を掲載することもできます。1ページあたりの掲載数を2作品か3作品か選ぶことで、ページ数の調整が可能です。書体は、明朝体、教科書体、楷書体の3種類があります。
サイズは四六判。ソフトカバーかハードカバーかを選べます。価格は20冊で28万1000円から(税、送料別)。パソコン操作が苦手な人には、手書き原稿を活字に変換するオプションサービスもあります(制作費と別に3万9400円から。税、送料別)。
問い合わせは読売プラス メディア編集本部「自分史」担当=☎03・6743・2850(平日午前9時半~午後5時半)。
詳しくは、こちらから。
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