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精子に隠された「不都合な真実」

医療・健康・介護のコラム

「種のある男と再婚します」 精子の異常判明で混乱や怒り、離婚するケースも

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【ケース4】20代の夫婦。「原因不明」の不妊で顕微授精を繰り返したが、精子のDNAに傷があった

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 20代後半の夫婦。当院受診前に2施設の不妊治療施設を受診しましたが、どちらでも「原因不明の不妊症」であると診断され、計6回の顕微授精を行いました。受精率が極めて悪く、全回、胚移植に至らなかったということです。(総治療費は諸雑費を含めて300万円とのことです)。担当医からは「若いのだから、いつかは妊娠できますよ。気長にやりましょう」と言われていたとのことです。

 一般的な顕微鏡検査では、精子数は8000万匹/ml、運動率は70% と問題ありませんでした。当院において精密検査を行った結果、頭部形態が正常な精子がほとんどであり、従来の基準では「まったく問題ない」と言われるレベルでした。しかし、通常、元気に動く精子のDNA損傷率は30%以下ですが、この方の場合、約90%の精子に様々なレベルのDNA損傷を認めました。さらに頭部の空胞も多く、「多重機能異常」と判定しました。

 選別後の精子に同じような異常が高い頻度で、しかも複数見つかる方は、背景に遺伝子の問題が潜んでいる可能性があることを説明し、「治療は厳しい」と見解を伝えました。夫婦は結果を (しん)() に受け止めて、「これまで顕微授精をしてもうまくいかない理由が、よくわかりました」と話されました。

 その数日後、夫の両親が来院され、「精子の悪い子を生んだ覚えはない」と感情的になられていました。そこで患者夫婦の同意を得た上で、科学的根拠に基づいて精子情報を詳しく開示したところ、「厳しい現実を受け止めざるを得ないです」と涙を流されました。

 このケースでは、夫婦の年齢が若く、精子の見た目も良かっただけに、もし精子の精密検査をしないまま転院を繰り返していたら、ひたすら顕微授精が繰り返されたのではないでしょうか。

「僕は異常だというのか!」「私たち夫婦を拒否した」

 その他のケースとしては、▽どうすれば妊娠できるか、セカンドオピニオンを聞くつもりが、それまで聞いたこともなかった「造精機能障害」を指摘され、「僕は異常だというのか?人格を否定された」と夫が怒った▽夫婦で治療断念を納得して帰宅したものの、後日、「やはりあきらめられないので治療してほしい」とおっしゃり、改めて治療を断ると、「クリニックの成績を上げたいから、私たち夫婦を拒否した」と怒った▽夫婦に精子の検査結果を説明したが、「時間の都合があるので、来週もう一度お話ししましょう」と再受診を予約して帰った。数日後、奥様(40代半ば)から予約キャンセルの電話があり、「離婚することにしました。種のある男と再婚します」と言い残した……などがあります。

 時折、ご主人に対して奥様が「こんなにつらい不妊治療を私が頑張っているのだから、精子くらい取ってよ……」と厳しい言葉を口にされることがありますが、奥様も、採精を頑張るご主人への感謝の気持ちを持っていただき、また、ご主人も、奥様の頑張りをたたえる気持ちをできれば直接、言葉で伝えてあげていただきたいと思います。

出口戦略がなく、入り口戦略も不十分な生殖補助医療

 そろそろ、この連載も終わりです。13回おつきあいいただいて、ありがとうございました。精子の選別や検査の研究が進むにつれ、精子に隠された「不都合な真実」が明らかになってきました。まず、顕微授精を含む生殖補助医療は、「細胞崩壊」と申し上げた、精子の状態が極めて悪い方には対応できません。そして、頭部が ()(えん) の元気よく泳いでいる精子にも「隠れ造精機能障害」が潜んでいます。私どもは、それまでの「がんばれば、みなさん妊娠できます」ではなく、精子の「質」がどの程度までなら人工卵管や顕微授精で対処可能なのか、一方、どこまで悪くなったら顕微授精を断念するべきか、「治療の限界」を徐々に意識するようになりました。

 「じゃあ、『精子の状態が極めて悪い』私たち夫婦に、何か他の方法はあるの?」と聞かれたとき、私たちは明確な答えを持っていません。精子の厳しい現実を、せめて少しでも早く夫婦にお伝えすることが精いっぱいです。

 最後に申し上げたいことは、今の生殖補助医療には出口戦略(損失・被害を最小限にして撤退する戦略)がなく、それ以上に入り口戦略も不十分だということです。精子の情報を詳しく把握することは、不妊治療をこれから始める夫婦には入り口戦略であり、すでに長く不妊治療をされた夫婦にとっては出口戦略になり得ます。

 つらすぎる現実ですが、精子検査が出口戦略になった夫婦は、お互いの健闘をたたえ、少しゆっくり過ごしてみてはいかがでしょうか。お二人の長い人生を考えれば、心と体とお財布に余裕を持って治療を撤退することも大切です。

 「妊娠しないのは女性が悪い」と言われた時代が長く続きました。今は、不妊原因は男女半々と言われています。男性不妊の背景を考えると、将来的には「男性側の問題で妊娠が難しい」とされる割合が多くなっていくと思います。もし、精子がうまく造れないことが「生まれつきの問題」であった時、その個人を責めることはできません。(東京歯科大学市川総合病院・精子研究チーム)

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seishi-shinjitu

精子に隠された「不都合な真実」

兼子 智(かねこ・さとる)
東京理科大大学院、慶應大大学院修了。薬学博士、医学博士。東京歯科大市川総合病院産婦人科非常勤講師


黒田 優佳子(くろだ・ゆかこ)
慶應大医学部卒、同大学院修了。医学博士。「黒田インターナショナル メディカル リプロダクション」院長


萩生田 純(はぎゅうだ・じゅん)
慶應大医学部卒。博士(医学)。東京歯科大市川総合病院泌尿器科講師


中川 健(なかがわ・けん)
慶應大医学部卒。医学博士。東京歯科大教授,同大市川総合病院副院長、泌尿器科部長、副リプロダクションセンター長


高松 潔(たかまつ・きよし)
慶應大医学部卒。医学博士。東京歯科大教授,同大市川総合病院産婦人科部長、リプロダクションセンター長

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1件 のコメント

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社会構造の中での不妊問題を考える

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

LGBTを含む多様な男女関係が啓発されていますが、恋愛と結婚の違いの一番の理由が子供の人も多いですよね。 精子や卵子のフレッシュな時期が、学業や...

LGBTを含む多様な男女関係が啓発されていますが、恋愛と結婚の違いの一番の理由が子供の人も多いですよね。
精子や卵子のフレッシュな時期が、学業や仕事を覚える時期に重なる成熟社会の宿命です。
我々医療人は35歳以上の女性の妊娠出産の難しさを知ってますし、勢いで結婚して壊れる家族も見る機会が多いので、非常に難しく考えてしまう部分もあります。
しかし、女性は子供を産む道具ではなくても、女性しか子供を産めないのも真実です。
出生数も下がっていますし、女性の社会進出も進んでいるわけですが、何か抜本的な制度改革が必要なのかもしれませんね。
月29万円の生活保護に避難殺到の記事を見かけました。
ワーキングプア社会の存在と比べると社会の歪み以外の何者でもないですが、300-600万円の年収の世帯が多かった時代を思えば、格差社会の進行による富やサービスの再分配の機能不全が根本原因で、国民全体に不妊治療を提供するよりは安い気もします。
また、不妊治療の対象の高齢出産の産科救急の問題もあります。
かといって、安易なシングルマザー支援も虐待に繋がりそうなので、仕組み作りが大事ですね。

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