精子に隠された「不都合な真実」
医療・健康・介護のコラム
「種のある男と再婚します」 精子の異常判明で混乱や怒り、離婚するケースも

前回は、私たちが提唱する、精子の精密検査を優先した不妊治療モデルのトライアルの治療成績などを紹介しました。今回は、私たちのメンバーのうち、開業してトライアルを行っている黒田が、その中で経験した夫婦のエピソードをいくつか紹介します。まずは、適材適所の治療法の選択が成功した例からです。
【ケース1】顕微授精25回不成功の後、人工卵管法1回で妊娠
夫婦は過去に4施設で治療を受けましたが、どこでも妻の高齢が強調され、「老化した卵子は、顕微授精しないと受精しません」と説明されました。「急がないと卵子が取れなくなる」という焦りから、25回も顕微授精を繰り返したということです。6回は胚移植まで進みましたが、着床しませんでした。治療費は諸雑費を含めて約1500万円とのことです。
一般的な顕微鏡検査では、精子数は3000万匹/ml、運動率(元気な精子の割合)は50%で、問題はありませんでした。しかし、見た目のよい精子を選別して当院で精密検査を行ったところ、約50%の精子の頭部に空胞が認められ、約30%にDNA損傷が認められました。
私たちが開発した 人工卵管法 は、通常の体外受精よりも必要な精子が少なくて済み、大事なのは精子の質です。空胞がある精子の多さが気になりましたが、夫婦と相談して人工卵管法を行うと、初回の治療で無事に妊娠しました。その後、切迫流産や切迫早産の兆候などが認められましたが、妊娠39週で出産に至りました。
このように「精子が先」の新しい治療モデルを導入することで、顕微授精を繰り返しても妊娠しなかった夫婦の2割が妊娠したことは前回、ご紹介しました。
しかし、私たちが本当にお話ししたいのは、顕微授精も、その代替手段である人工卵管法も不成功に終わった200組、約8割の夫婦のエピソードです。また、人工卵管法を行うことすらなく、治療断念を勧めざるを得なかった夫婦のお話です。
私(黒田)は、精子選別・検査、体外受精(人工卵管法)などの操作を、すべて自身で行います。それは、主治医として夫婦の人生を左右するお話をする時、夫婦関係、検査、治療の全情報を一括して把握していることが、とても重要だからです。夫婦が不妊治療をあきらめたとき、私が一番ほっとするのは、「僕のせいで君に迷惑をかけた」とご主人が語り、「これからの人生、二人で生きていこう」と手をつないで帰る夫婦を見送るときです。しかし、そのようなケースばかりではありません。
【ケース2】妻30代後半。卵子の老化を指摘され、顕微授精を繰り返してきたが、実は夫側に重大な問題が
当院受診前に通っていたクリニックでは「精子数も運動率も良好です。妊娠しないのは卵子の問題でしょう」と言われ、顕微授精を8回繰り返しましたが、受精率が極めて悪く、1回しか胚移植に至らなかったそうです。(総治療費は諸雑費を含めて約500万円とのことです)。担当医師からは「間もなく40歳、急がないと。あきらめずに頑張りましょう」と言われていました。
一般的な顕微鏡検査では、精子数は5000万匹/ml、運動率は80%と良好でした。しかし、選別した精子のDNAを検査すると、右側の写真に示したように、約80%の精子はDNAが細かく切れていました。
通常、選別後は左側の写真のように、DNAが長く伸びている(連続性が保たれている)精子が大半であり、DNAに損傷(切断)が見つかる精子は一部です。割合としてはわずかなのですが、このように運動している精子なのにDNA損傷が進んでいる例があります。この夫婦には「治療断念」という見解をお伝えせざるを得ませんでした。
その直後のことです。今まで夫から「高い治療費がかかる」「精子採取が精神的な苦痛だ」と罵倒され、屈辱に耐えてきた妻の怒りが爆発し、私の目の前で「こんな精子を私の卵子に入れていたなんて、あり得ない」と大げんかになりました。
その後、奥様から連絡があり、「不妊治療を通して、夫との性格の不一致を認識せざるを得ないという結論に至り、離婚しました」と報告がありました。何とも心の痛むエピソードです。
【ケース3】治療断念を妻は納得できず、以前の医師のもとへ
精子精密検査の厳しい結果を伝えると、夫は自分に原因があることを理解し、「やっと治療をやめられる」と 安堵 しました。しかし、妻としては青天の 霹靂 で「ここまで治療をがんばったのに、今さらあきらめるなんてできない」と言い残し、「妊娠するまで一緒にがんばりましょう」と言ってくれる主治医のもとに戻り、顕微授精を繰り返しました。約2年後、再び来院し、「やはり言われた通りでした」とおっしゃり、再検査と治療を依頼されましたが、再度、治療断念を説得し、今度は納得されました。
1 / 2
【関連記事】
社会構造の中での不妊問題を考える
寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受
LGBTを含む多様な男女関係が啓発されていますが、恋愛と結婚の違いの一番の理由が子供の人も多いですよね。 精子や卵子のフレッシュな時期が、学業や...
LGBTを含む多様な男女関係が啓発されていますが、恋愛と結婚の違いの一番の理由が子供の人も多いですよね。
精子や卵子のフレッシュな時期が、学業や仕事を覚える時期に重なる成熟社会の宿命です。
我々医療人は35歳以上の女性の妊娠出産の難しさを知ってますし、勢いで結婚して壊れる家族も見る機会が多いので、非常に難しく考えてしまう部分もあります。
しかし、女性は子供を産む道具ではなくても、女性しか子供を産めないのも真実です。
出生数も下がっていますし、女性の社会進出も進んでいるわけですが、何か抜本的な制度改革が必要なのかもしれませんね。
月29万円の生活保護に避難殺到の記事を見かけました。
ワーキングプア社会の存在と比べると社会の歪み以外の何者でもないですが、300-600万円の年収の世帯が多かった時代を思えば、格差社会の進行による富やサービスの再分配の機能不全が根本原因で、国民全体に不妊治療を提供するよりは安い気もします。
また、不妊治療の対象の高齢出産の産科救急の問題もあります。
かといって、安易なシングルマザー支援も虐待に繋がりそうなので、仕組み作りが大事ですね。
つづきを読む
違反報告